経営相談の現場から[シリーズ第2回]安い報酬で働き詰めの現状を打破したい
起業応援・創業ガイド
筆者は経営コンサルタントとして、日々経営者の方々のお悩みを伺っています。このシリーズは「経営相談の現場から」というテーマで、中小企業経営者や個人事業主の方から実際にあったご相談内容を取り上げます。今回はフリーランスとして動画編集を手掛けるBさんから、今後の事業方針についてのご相談を頂きました。
毎日遅くまで作業して、月の売上は15万円・・・。
Bさん 「事業者が動画再生サイトにアップする動画の編集を請け負っています。編集技術は独学で身につけました。クライアントがご自身で撮影した動画を、私が編集します。目を引くサムネイルを作ったり、効果音やテロップを入れたり、テンポよく話が展開するようにシーンをつなぎ合わせたり、といったことをしています。」
筆 者 「動画を活用する事業者は増えていますよね。受注はどのように獲得していますか?」
Bさん 「クリエイターと発注者をつなぐマッチングサイトを利用しています。私のホームページに過去実績やサンプル動画を載せているので、それを見た方からSNSで依頼が来ることもあります。」
筆 者 「そうですか。受注は順調ですか?」
Bさん 「はい。有難いことに、途切れることなくいつもご依頼がある状態です。リピーターも多いです。」
筆 者 「順調そうですね。そんな中で今日はどんなご相談事ですか?」
Bさん 「今、動画編集のクリエイターはたくさんいるんですよね。価格を安くしないと仕事が取れなくなってきました。私は1件5千円で請けていますが、1件あたりの作業時間が平均10~12時間くらいかかるんです。毎日朝から晩まで休みなく働いているのに、月の売上はたった10万円とか、良くて15万円。もうずいぶん長い間、ちゃんとしたお休みをとっていません・・・。」
筆 者 「1件5千円だと、売上15万円の月は30件こなしている計算ですね。1件あたり10~12時間もかかるのなら、毎日朝から晩まで休みなしの仕事量です。確かにこれは辛いご状況でしょう。お気持ち痛いほど分かります。せめて週1日はオフの日を確保したいですよね。」
働き詰めの現状を打破したい
Bさん 「そうなんです。私ももう40代ですから身体がきつくて。駆け出しのころは経験を積みたい気持ちもあって頑張れましたが、こんなに働き詰めの状態は年齢的に長続きしません。この状況を打破したくて、今後の方向性を模索しているところです。」
Bさん 「例えば、動画編集の実作業は経験を積みたい若いクリエイターの方に外注して、私は品質管理に徹することを考えています。でも、依頼が多いとは言え外注するほどの数ではないので踏み切れなくて・・・。」
筆 者 「クリエイターのネットワークを作って、組織で仕事を請けるというわけですね。それはひとつの選択肢ですが、Bさんがおっしゃる通り、案件数をかなり増やす必要がありますね。Bさんの取り分を仮に10%とすると、今まで通りの売上を得るには単純計算で10倍の依頼数が必要になりますから。」
筆 者 「また、そもそも、Bさんにとって辛い状態の仕事をそのまま組織化しても、辛い人を増やすだけかもしれません。まずは、今のBさんのお仕事を、そんなに働き詰めにしなくてもそれなりの報酬が得られるように改善するのが第一歩ではないでしょうか?労力対効果を上げるという事です。まずは地道な取り組みからやってみて、その次のステップでは組織化を考えてもよいと思うのですが。」
Bさん 「労力対効果・・・、労力(作業量)と効果(報酬)のバランスですね。確かに今はそのバランスが見合っていない状態です。仕事が増えれば増えるほど辛いんですから。」
労力対効果を上げるには
筆 者 「労力対効果を上げるため、つまり、報酬と作業量のバランスを改善するためにできることは大きく分けると2つです。①労力(仕事量)を小さくする、②効果(報酬)を上げる、の2つだけです。」
Bさん 「今の作業量は1件あたり10~12時間、確かにこれを圧縮できれば状況は良くなりますが、これ以上短縮できません。報酬も上げられたら良いですが、値上げすると依頼が来なくなります。」
労力対効果を上げる方策① 労力(作業量)を小さくする
筆 者 「動画編集に限らず業務受託全般によくあることですが、受託業務範囲を明確にすることに改善余地はありませんか?例えば、もし、修正対応をクライアントが満足するまで無制限にやっているとしたら、無償で修正対応する回数の上限を決めておいて、それ以上は追加料金で対応するという約束にしておくのはどうでしょうか。同様に、効果音やテロップの挿入箇所数の上限や、動画の長さの上限など、“基本報酬の5千円で対応できるのはここまで”という範囲を、受注の段階で明確に示しておくのです。これは対等な取引において必要なことです。もしここが曖昧で労力対効果が下がっているとしたら、改善できるのではないでしょうか?」
Bさん 「業務範囲をはっきり示すというのは、やったことがないですね…。追加料金は言い出しにくいですし、クライアントからリクエストがあれば拒むことは難しいですから。」
筆 者 「クライアント側も“Bさんが基本報酬内でどこまでやってくれるのか”は明確に知りたいと思っているはずです。例えばサービスの価格表を作って金額ごとの業務範囲を明記しておくとか、メールで見積金額をご提示する時にどこから追加料金になるかを明記するなど、コミュニケーションの中で自然に線引きを提示していけると良いですね。」
労力対効果を上げる方策② 効果(報酬)を上げる
筆 者 「労力対効果を上げるもうひとつのアプローチが報酬の引き上げです。今の基本報酬は1件5千円ですが、もしこれを値上げするとしたら何が問題になりそうですか?」
Bさん 「基本報酬を値上げしたら、他のクリエイターに依頼が流れてしまうと思います。リピーターの方は少しくらい値上げをしても受け入れてくださると思いますが、新規のご依頼は減るでしょうね。」
筆 者 「なるほど。“リピーターは値上げしても離れていかない”と言えるのは、Bさんがこれまで真摯にご依頼に対応してこられた証ですよね。これはBさんの武器ではないでしょうか。その武器があれば値上げは検討できると思います。ただ、Bさんがおっしゃる通り、新規のご依頼となると話は別ですね。Bさんの武器を理解できるのは、Bさんに依頼したことがある方だけですから・・・。」
筆 者 「では、基本報酬の改定と同時に、新規の方向けに安価なお試しコースを設けるのはいかがでしょうか?サムネイルと冒頭数十秒部分だけといった、ごく短い動画の編集をお試し価格でお請けして、そのやり取りの中で信頼関係を築くわけです。Bさんなら、お試しのやりとりを経れば、値上げ後の価格でも受注できるのではないでしょうか。」
Bさん 「値上げするのは勇気がいりますが、そうですね、一度お仕事した方には気に入っていただけることが多いので、お試しコースはぜひやってみたいです。私はクライアントが何をアピールしたいのか意向を汲んで、それに合ったテイストで仕上げるのが得意なので、お試しでそのことを実感していただいた後なら、相場より多少高い価格でも自信をもって提示できそうです。」
筆 者 「ええ、Bさんのスキルに見合った正当な見積を提示していきたいですね。ほかにも報酬を上げる方策としては例えば
- ホームページ上でお仕事の実績やお客様の声を紹介するコンテンツを充実させる
- 納期に応じた価格設定をする(特急価格の設定など)
- 受託業務範囲を編集工程だけでなく企画や撮影工程にも広げて報酬を上げる
- 対象業種を絞ってサービスの深度を深める(マーケティング面のアドバイス等)
など、いろいろ考えられます。クライアントに喜ばれそうな付加価値をリストアップしてみましょう。その中から、Bさんの志向に合ったものを選んでチャレンジすると良いですね。」
地に足のついた地道な取り組みが基本
今回は「働き詰めの現状を打破したい」という悲痛なご相談事例を取り上げました。経営者の皆様には現状を打破したいという局面が多々訪れることでしょう。記事中で取り上げた通り、Bさんは当初「実作業を外注し、自分は管理に徹する」といった組織化に舵を切ることを考えていました。しかしBさんには、事業のあり方を大幅に変える前に、Bさんの強みを活かして現状を改善できる、地道ですが確実な道が残っていました。
どのような事業においても、現状を打破する「一発逆転の魔法」は基本的には存在しません。まずは目の前の問題の改善余地がないかを冷静に見渡して、最初のステップは地道な取り組みから試していくしかないものです。その積み重ねが、徐々に、しかし確実に、現状打破に繋がっていくのではないでしょうか。
ABOUT執筆者紹介
経営コンサルタント 古市今日子
株式会社 理 代表取締役
経済産業大臣登録 中小企業診断士
外資コンサルティングファームなどで16年間経営支援の経験を積
事業再生に携わるほか、自治体の経営相談員や創業支援施設の経営
中小事業者・起業希望者の経営相談への対応件数は年間約200件