16 August

帳簿作成~頑張るばかりが能じゃない~

掲載日:2023年08月16日   
税務ニュース

1.はじめに

突然ですが、会計帳簿はなぜ作成するのでしょうか。私が学生時代に買わされた教科書には、企業内外の利害関係者に提供する財務情報を作成するための大元の資料とすると言ったようなことが書いてあった気がします。しかし、個人事業主の目線からすると、青色申告特別控除55万円を獲得するための要件だから渋々作成している方も多いかと思います。そうであれば、事業主にとっては、青色申告特別控除が適用される必要十分な帳簿を作成したい。作成の手間は、少なければ少ないほど良いことになります。

では、必要十分な帳簿とは何かを把握しなければなりません。これは、すなわち発生主義の考え方で作成された複式簿記であるとされています。もう少し平たい表現にしますと、売上と必要経費を適切に計上した複式簿記ということです。と言うことは、青色申告特別控除の制度には、ご褒美(特別控除)を用意するから儲け(所得)の計算をちゃんとやって欲しいという意図が見えて来ます。

そうしますと、儲けの計算以外の部分は、多少簡略的な処理をしても許容される余地があると考えられます。無論、間違っていたり、やるべき事をマルっとやらないと言うのは論外なのですが、力を入れるべき所と緩める所があっても良いだろうといえます。

2.解釈により変わる会計処理

次の様な場面を考えてみましょう。
「フリーランスのプログラマーが、財布から現金1,000円を出して文房具を買った。」
この場面については、2通りの解釈が出来ます。

① 個人事業主が、ポケットマネーで支払をした。
② 個人事業主が、ポケットマネーを事業用現金に拠出して事業用現金で支払をした。

これらの会計処理は次の様になります。

① (消耗品費) 1,000円 / (事業主) 1,000円
② (現金)   1,000円 / (事業主) 1,000円
 (消耗品費) 1,000円 / (現金)  1,000円

この様に、①は処理が1つ、②は処理が2つです。ところが、申告書類に記載される内容は、両者とも全く同じになります。それならば、処理の少ない①で解釈した方が良いと思われます。

ここでは、1取引のみで考えて見ましたが、1年を通して現金の支払がポケットマネーから支払われていると解釈できる場合には、そもそも現金勘定を設定する必要もなくなってしまいます。青色申告用の複式簿記であるから、ちゃんと現金勘定を作って現金出納帳を付けなければならないと真面目に考える方がとても多くいらっしゃいますが、そこまで肩肘張らずに対処して良いケースもあるわけです。

3.ポケットマネーと解釈するか否か

ポケットマネーと解釈するということは、裏返すと事業用資産ではないものとして扱うということです。従って、帳簿にて管理する必要があるかどうかが判断基準となります。

一人親方、フードデリバリー、フリーランスといった個人事業主の場合には、先の例えで想定した様に自分の財布から必要経費などを支払っているケースが多く、事業とプライベートの区別は曖昧で、帳簿で現金の出納状況を管理する必要性は乏しいと言えます。

他方、店舗を構えた小売店や飲食店などでは、事業用の現金が明らかにポケットマネーとは区別されており、商品代金やお釣りなどにより頻繁に増減が生じます。また、従業員を雇っていれば、事業主以外が現金の出し入れをするケースがあります。この様な状況であれば、現金の増減や残高を帳簿上管理する必要があると考えられます。

4.クレジットカードの経理は鬼門

更に、このポケットマネーという言葉をもう少し広げてみますと、クレジットカードの利用も守備範囲に入りそうです。それでは、次の様な場面を想定してクレジットカード決済の会計処理を見てみましょう。

「文房具1,000円を購入し代金はクレジットカードで支払った。後日、クレジットカード利用額が普通預金口座から2,500円引き落とされた。このクレジットカードはプライベートでも利用している。」

ポケットマネーと解釈

購入時:(消耗品費)1,000円 / (事業主) 1,000円
引落時:(事業主) 2,500円 / (普通預金)2,500円

原則的な処理

購入時:(消耗品費) 1,000円 / (未払金) 1,000円
引落時:(未払金)*事業目的利用額* / (普通預金)*事業目的利用額*
(事業主) *プライベート利用額*/(普通預金)*プライベート利用額*

今回もクレジットカードをポケットマネーと解釈すると処理が1つ少なくて済む上に、引落時には引落額でそのまま処理することが出来ます。何なら、普通預金もポケットマネーと解釈される様なケースでは、引落時には全く処理する必要がなくなってしまいます。

他方、原則的な処理では、このクレジットカードは事業とプライベートの両方で利用されているため、口座引落額を事業目的の利用額とプライベートの利用額に自分で集計して区分しなければなりません。これがなかなかの鬼門で、見た目以上に手間が掛かる上に、集計ミスなどで帳簿が合わない原因になることが多いです。

5.結びに

ネット上の経理に関する記事は、適正な帳簿を作る為に力を入れる側の記事が多いです。そこで、本稿では、適正な帳簿の範囲で力を抜く方向の内容を発信しました。記帳・申告作業は、真面目な人ほど頑張りすぎる傾向を感じます。面倒な部分、よく分からない部分については、押すばかりでなく引く方法があるかも知れないことを頭の片隅において頂ければと思います。

ABOUT執筆者紹介

税理士 柳下治人

柳下治人税理士事務所
X(旧Twitter)

1978年埼玉県生まれ
明治学院大学経済学部 卒業
日本大学大学院経済学研究科修士課程 修了
税理士事務所勤務を経て柳下治人税理士事務所を設立

中小企業の経理、税務、経営のサポートやセミナー講師を手がけている。また、外国籍経営者やギグワーカーとも深く関わりを持ち、YouTubeにて「yagishitax税理士チャンネル」を運営し、UberEatsなどの配達員に必要な経理、申告のHowTo動画など税金にまつわる情報を公開している。

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