在宅勤務中の傷病に労災は適用されるのか?
社会保険ワンポイントコラム
国土交通省が3月に公表した「テレワーク人口実態調査」によると、在宅勤務をしている人の割合は全国で24.8%と、前年より1.3%減少したものの、出社と組み合わせるハイブリットワークは拡大しているようです。新型コロナウイルスの影響で、在宅勤務は一般化しているようですが、自宅での業務中に発生した傷病等について、労災保険が適用されるのかは、知らない人も多いかもしれません。
今回は、在宅勤務時の労災認定の基準と具体的なケース、企業が取るべき対策について解説します。
1. 在宅勤務時の労災認定基準とは
在宅勤務時の労災認定は、業務上の傷病等といえるかがポイントですが、通常の勤務時と同様に「業務遂行性」と「業務起因性」のいずれも満たす必要があります。
「業務遂行性」とは災害発生時に使用者の支配・管理下にあったといえること、「業務起因性」とは、業務が原因となって災害が発生したことをいいます。
つまり、業務の指示や業務内容が原因で発生した事故や疾病であれば、労災保険の適用が認められる可能性があります。
厚生労働省が策定した「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」においても「テレワークを行う労働者については、事業場における勤務と同様、労働基準法に基づき、使用者が労働災害に対する補償責任を負うことから、労働契約に基づいて事業主の支配下にあることによって生じたテレワークにおける災害は、業務上の災害として労災保険給付の対象となる」とされています。
しかし、在宅勤務の場合は、私的な行為が介在することが多く、テレワーク中の傷病等が労災の対象となるかどうかは、具体的な状況を確認することが必要といえます。前掲ガイドラインにおいても「ただし、私的行為等業務以外が原因であるものについては、業務上の災害とは認められない」としています。
例えば、在宅勤務中に業務に関連する書類を郵送しようと郵便局に向かっている途中に事故にあった場合、業務との関連性が明確であるため労災として認められる可能性が高いといえます。一方で、業務時間外や休憩時間中の事故、業務と無関係な個人的な行動中の事故は、原則として労災保険の適用外となります。例えば、自宅勤務中に、昼食の支度をしようとして、包丁で手を切ってしまった場合、昼食の支度をするという行為は、私的な行為であるといえますので負傷は労災保険給付の対象とはならないといえます。
実際に在宅勤務中の傷病が労災として認められたケースについてみてみましょう。今年の3月に在宅勤務で長時間労働を強いられた結果、精神疾患を発症したとして、横浜市のメーカーに勤務する50代の女性が労災認定されました。この女性は、新型コロナウイルスの影響で2020年頃から在宅勤務になり、2021年末より経理システムの変更や同僚の退職により残業が増えたようです。上司からは早朝や深夜にも業務上の連絡や指導が頻繁にあり、休日労働も余儀なくされていたという状況で2022年3月に適応障害を発症しました。発症前2か月間の時間外労働が月100時間を超えていたこともあり、労働基準監督署は労災に認定したようです。
在宅勤務は柔軟な働き方ができることが利点ではありますが、企業としては適正な労働時間管理をはじめとして、労災を防ぐための対策をする必要があるといえます。
2. 在宅勤務時の労災を防ぐため企業がとるべき対策とは
労働契約法第5条では「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と定められており、在宅勤務においても、企業は労働者に対して安全配慮義務を負います。
自宅等については、事務所衛生基準規則等は適用されませんが、安全衛生に配慮した在宅勤務が実施されるよう、在宅勤務時の就労環境についても確認等する必要があるといえます。厚生労働省が作成した「自宅等においてテレワークを行う際の作業環境を確認するためのチェックリスト【労働者用】」では、作業場所や周辺の状況、作業環境や明るさの温度等についてのチェック項目があり、チェックリストを活用することによって、作業環境に問題がないか状況の確認ができます。
また、在宅勤務時は、労働者が同僚とコミュニケーションが取りにくく、上長等が労働者の心身の変調に気づきにくいという状況があります。厚生労働省が作成した「テレワークを行う労働者の安全衛生を確保するためのチェックリスト【事業者用】」では、健康相談体制の整備や、コミュニケーションの活性化のための措置も項目としてあげられています。定期的にチェックをし、問題がないか確認をし、改善をしていくことが必要です。
更に、前掲の労災認定の例もあるとおり、在宅勤務時は、長時間労働にならないように注意が必要です。企業は在宅勤務規程を整備し、業務時間の管理、業務指示の明確化、労働者の健康管理などの体制を整える必要があるといえます。
また、長時間労働等を防ぐためには、次のような手法が考えられます。
② 時間外・休日・所定外深夜労働について原則禁止、やむを得ない場合の事前許可制の導入 等
企業としては、在宅勤務における労災リスクを低減するために、適切な作業環境の提供、労働時間の管理、定期的な健康チェックの実施などが推奨されます。また、万が一の事態に備えて、労災発生時の報告・対応フローを明確にしておくことも必要でしょう。
在宅勤務が一般化している状況で、企業は労働者の安全と健康を守るために、在宅勤務時に労災が発生しないよう、適切な対策を講じることが求められています。
実務担当者は、労働者と企業双方の利益を守るためにも、在宅勤務における適切な対策等に関する知識を深め、実務に活かしていくことが重要です。
ABOUT執筆者紹介
松田法子
人間尊重の理念に基づき『労使双方が幸せを感じる企業造り』や障害年金請求の支援を行っています。
採用支援、助成金受給のアドバイス、社会保険・労働保険の事務手続き、給与計算のアウトソーシング、就業規則の作成、人事労務相談、障害年金の請求等、サービス内容は多岐にわたっておりますが、長年の経験に基づくきめ細かい対応でお客様との信頼関係を大切にして業務に取り組んでおります 。