取り敢えずの「期限内申告」という税理士法違反
税務ニュース
「自主修正」をすれば大丈夫?
税務調査の結果、申告もれが見つかると、追徴される税額に上乗せで加算税というペナルティが課税されます。この加算税を削減する方法として、本稿でも取り上げた「自主修正」があります。税務調査が入る前に、ご自身で申告内容を見直して、誤りがあれば自主的に当初提出した申告書の内容を修正する申告が自主修正ですが、自主修正を行えば、税務署に手間をかけていないこともありますので、税務調査の予告がなされる前に行えば加算税が全額免除され、予告がなされた後でも一部減額されます。
このため、自主修正は非常に有用な制度であり、税務調査の予告があってからでも申告内容を見直して活用するべきものですが、さらに賢い使い方として、「取り敢えずの期限内申告」という申告を奨励する自称税務調査の専門家がいます。取り敢えずの期限内申告とは、適当な数字でもいいので、申告期限内に申告だけ行うことを意味します。
このような申告を奨励する理由として、申告期限に遅れた申告に対しては、税務調査が実施されるか否かに関係なく原則として「無申告加算税」という加算税が課されたり、場合によっては青色申告という税制上の特典が取り消されたりすることがあるからです。期限後申告については不利益が多いため、取り敢えず数字は何でもいいので期限内申告をしてこれらの不利益を解消しようとするのが取り敢えずの期限内申告なのです。
もちろん、適当な数字の申告であれば正しい税額を申告していませんので、取り敢えずの期限内申告を行う場合には、それとセットで自主修正を早期に行うべきと解説されています。自主修正をすれば申告もれに対する加算税のリスクもゼロになりますから、取り敢えずの期限内申告は非常に有用などと言われます。
取り敢えずの期限内申告はトラブルになる可能性
これだけ聞くと、賢い手法と思われる方も多いと思いますが、当然のことながらこのような法の抜け道を利用することに対しては、大きなリスクがあります。実際のところ、取り敢えずの期限内申告について、税務署とトラブルになった事例があると耳にしています。具体的には、納税者が行った取り敢えずの期限内申告に対し、このような申告は無効であると税務署から指導された模様です。仮に、申告が無効になるなら、期限内に申告があったとはされませんので申告義務を果たしていない無申告者にあたることになります。そうなると、前述した期限後申告に伴う不利益の対象になることになります。
なお、税務署が無効と指導した理由は、法人税法において、会社が行う法人税の申告は株主総会で確定した決算に基づいて行わなければならない、とされているからです。取り敢えずの期限内申告は適当な数字で行う申告を意味しますので、会社の株主の合意を得られた確定した決算に基づいているとは到底言えません。このため、税務署の指導は一理あると言えます。
ただし、過去の裁判例においては、確定した決算に基づいているとは言い難い法人税の申告であっても、法人税の申告書の様式に基づいて税務署に提出されたものであれば、原則として有効な申告とされた事例があります。このため、取り敢えずの期限内申告は、無効な申告とまでは言えないと考えられます。
しかし、先の事例の顛末についてまで聞いてはいませんが、税務署としてはこのような法の抜け道に対して不愉快に思っていることは間違いありません。このため、税務署から厳格な対応がなされる可能性はあると言わざるを得ず、やはり注意が必要でしょう。
税理士法違反になる恐れも
それ以上に、問題になるのが税理士法の取扱いです。一般の納税者の方には関係ありませんが、法人税の申告は基本的には会社から依頼を受けた税理士が作成しています。税理士は税理士法に基づいて資格を付与されていますので、税理士法に反する行為を行えば、免許を取り消されたり業務停止処分を受けたりすることがあります。
この税理士法違反行為の一つに、「不真正の税務書類の作成」があります。これは、税理士が故意に、正しい事実関係に反して申告書を作成するような行為を意味します。ここでいう「故意」ですが、それは「事実に反し、又は反するおそれがあると認識して行うことを意味する」とされています。
取り敢えずの期限内申告は、数字が正しくないことを認識して行う申告ですから、税理士が行えばまさにこの要件を満たすことになります。そうなると、税理士が取り敢えずの期限内申告を行った場合、税理士免許が取り消されるような処分(懲戒処分)の対象になる可能性が大きいと言えます。
こういう訳で、税理士にとって取り敢えずの期限内申告は絶対にやってはいけない行為と結論付けられますが、困ったことにこのような申告を奨励する税務調査の専門家は、税理士に対しても取り敢えずの期限内申告をするべきと指導しています。税理士法の影響など何も考えていないのでしょうね。このような専門家に騙されて、税理士法に違反する申告をすることのないよう、注意が必要です。
ABOUT執筆者紹介
元国税調査官・税理士 松嶋洋
昭和54年福岡県生まれ。平成14年東京大学卒。国民生活金融公庫(現日本政策金融公庫)、東京国税局、日本税制研究所を経て、平成23年9月に独立。現在は税理士の税理士として、全国の税理士の税務調査や税務相談に従事しているほか、税務調査対策・税務訴訟等のコンサルティング並びにセミナー及び執筆も主な業務として活動。
著書に『最新リース税制』(共著)、『国際的二重課税排除の制度と実務』(共著)、『税務署の裏側』、『社長、その領収書は経費で落とせます!』『押せば意外に税務署なんて怖くない』などがあり、現在納税通信において「税務調査の真実と調査官の本音」という500回を超える税務調査に関するコラムを連載中。
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