売上高1,000万円を超えるということ
起業応援・創業ガイド
1.はじめに
事業を立ち上げた後1つの山が、「売上高1,000万円を突破すること」であると言えるでしょう。ゼロから事業を始めて、売上の桁が1つ増えるというのは、感慨深いものがあります。加えて、このくらいの事業規模からは、売上高の増加を目指すだけでは事業が回らなくなる傾向が生じてきます。これは、決済や税金など義務的な話の他に、経営者として知識や経験を蓄えたことにより、気になることが増えてくるためと思われます。
そこで本稿では、売上高が1,000万円を超える頃に生じる問題と、経営者が気になり出すことについて紹介いたします。
2.消費税の申告・納付
インボイス制度が導入された現在では、売上高に関わらず消費税の申告・納付を行なう事業者もあることを考えれば、消費税の課税事業者についての話は少々古典的な話題となってしまった感はあります。しかし、本稿のテーマの入口として扱いやすいですし、今でも注意すべき点はありますので、まずは消費税の申告・納付について触れておきます。
消費税の申告義務は、売上高が1,000万円を超えた年の翌々年の売上について生じます。イメージしにくいので図1をご覧下さい。売上高1,000万円突破がx1年、課税事業者になるのはx3年です。そして、最初の消費税の確定申告はx4年になってからとなります。
図1
こうしてみると時間的な余裕が十分ある様に見えるのですが、x1年の売上高が判明するのはx2年になってからですし、x2年中に消費税の確定申告を見据えた経理体制を準備しなければならないので、タイムスケジュールは見た目以上にタイトです。
特に、届出関係は要注意です。事業をしていると行政と関わることは珍しくはなく、公務員も丁寧に説明したり融通を利かせてくれたりすることが多いです。基本的には税金関係でも同様なのですが、申告期限、納付期限、提出期限などの期限関係については、一切融通は利きません。従って、届出書は提出期限厳守ということなのですが、提出期限を守る為には、その届出書の提出が必要であるという知識が必要になります。そうしますと、x2年中は通常の業務をこなすのに加えて、消費税に関する知識も習得しなければならないことになります。
具体的には、簡易課税制度に関する届出書が頻繁に問題となっています。令和6年現在、インボイス制度により2割特例がありますが、これと簡易課税を混同されてしまうケースが見受けられます。2割特例を採用していても簡易課税の適用を受けるのであれば届出が必要なので注意が必要です。税額が数十万円変わってくることもあります。
3. 資金収支の管理
売上規模が拡大すると、売掛金や買掛金の決済、給与の支給、納税など資金収支に関する責任が増大します。これを上手く回せなくなることを資金ショートと呼び、信用を大幅に失うばかりか倒産の危険まで生じます。
資金をショートさせない為には、その収支に見通しを立てることが必要です。そのためには、各月の資金の流入と流出を一覧にして金額を把握します。相当に複雑で難しい作業となりますが、過去の現金・預金や掛代金の変動を見返して、売上を予想しながら一踏ん張りしてください。
よく「将来は不確実だから見通しなど立てられない」という主張を受けますが、そもそも見通しが結果と一致する必要は全くないので、ある程度割り切って実施すれば良いです。資金収支の見通しは、「〇月に少なくとも〇〇円の資金を準備しなければならない」ことを把握する為のものです。
将来への備えには、「対ある程度予測できるもの」と「対予測困難な突発的事象」があります。ここを切り分けて別々に備えを検討してください。
4.法人化
「売上が1,000万円を超えたら法人化した方が良い」という噂話が出回っています。確かに、法人税と所得税の負担のみで考えると、法人化有利と言えなくもないです。しかし、社会保険料の負担まで考えると、法人化に旨みがないことはよくあります。
実は、法人化の有利不利は、経営形態、事業内容、経営者の家族構成などが複雑に絡み合っています。単純に1つ2つの指標で判断できるものでなく、正確な判断には相当な知識と手間が必要です。
5.魅惑の節税スキーム
事業規模が大きくなると、税金や社会保障費の負担が大きくなりますので、これらの負担を軽くしたいという発想になるのは当然のことです。古くから税や年貢の負担を軽くする画策が繰り広げられていたわけですが、昨今では、SNSなどの媒体において数え切れないほどの節税に関する情報が発信されています。
これらコンテンツの発信者は、税理士や経営者、コンサルタントなど多岐にわたっており、これらの中で特に多くの耳目を集めるものは、負担軽減のインパクトが大きな謳い文句のものであると言える状況です。数百万円の所得を消してしまうというスキームや、数十万円分の社会保障費を削減するというスキームなどもあるようです。
しかし、これらのコンテンツには要注意です。法改正などにより既に採用できなくなっている手法や、聞く側に十分な知識が無いと誤解する可能性の高い表現、そもそも相当無責任と感じられるコンテンツも少なからず存在します。節税のスキームが全て悪者ということはありませんが、採用して良いのかどうか一度疑って調査することが必要でしょう。
6.まとめ
事業規模が大きくなると、税負担や社会的責任が大きくなり、経営者の知見も広がることから、ToDoリストは増加する一方です。本稿では、事業の成長に伴い、経営者がやらなければならないことと興味を持つことのうち代表的なところを触れました。それぞれ注意点も紹介しましたので、お役に立つと幸いです。
ABOUT執筆者紹介
税理士 柳下治人
柳下治人税理士事務所
X(旧Twitter)
1978年埼玉県生まれ
明治学院大学経済学部 卒業
日本大学大学院経済学研究科修士課程 修了
税理士事務所勤務を経て柳下治人税理士事務所を設立
中小企業の経理、税務、経営のサポートやセミナー講師を手がけている。また、外国籍経営者やギグワーカーとも深く関わりを持ち、YouTubeにて「yagishitax税理士チャンネル」を運営し、UberEatsなどの配達員に必要な経理、申告のHowTo動画など税金にまつわる情報を公開している。