14 February

あなたの稼ぎは「事業所得」か「雑所得」か

掲載日:2023年02月14日   
税務ニュース

令和4年8月事変

令和4年8月、「売上300万円以下の副業は原則として雑所得として扱う」という国税庁の指針が世間を騒がせた。これまで自らの副業を事業所得に相当すると考えて申告をしてきた事業主の多くが、税制優遇措置の無い雑所得として扱われると言うのであるから大問題である。当然、この指針に対して論拠の説明を求める声や反対意見が多く寄せられ、2ヶ月後の10月には幾分トーンダウンした指針が公表された。これにより、騒ぎは一応の落ち着きを見せ現在に至っている。

この指針は、「所得税法基本通達」と呼ばれるものである。通達とは、法律でもなければ、裁判所が示した法解釈でもない。だとすれば何か。有り体に言えば、上席の役人(国税庁長官)が作った下位の役人(税務署職員)のための業務マニュアルに相当する。

税務署職員用の業務マニュアルなので、本来、納税者を拘束するものではない。しかし、我が国の役人は大変優秀なので、税務署職員はこのマニュアルを完璧なまでに遵守する。結果、裁判も辞さない覚悟が無ければ、納税者の側も無視することは出来ない性質を持つことになる。たかがマニュアル、されどマニュアルである。

 

一見すると納税者側の勝利のようだが・・・

通達がトーンダウンした結果、帳簿さえあれば事業所得として申告することにお墨付きが出たという様な論調を見かけるが、果たしてそうであろうか。少し冷静になれば、国税庁がそれ程簡単に折れる組織で無いことを我々は知っている。

そこで、本稿では、通達自体に書いてあること及び通達に併せて公開された国税庁による解説を読み解いて、国税庁が本気で阻止したいことを予想し、納税者が取るべき行動を考えてみたい。

 

通達に書いてあること

まず、通達には「事業所得と認められるかどうかは、その所得を得るための活動が、社会通念上事業と称するに至る程度で行なっているかどうかで判定する」とある。これには従来と変わったところは無い。そもそもこの判定ルールは、最高裁判所が示した法解釈なので、通達如きで覆せるものではない。

つぎに、売上300万円以下で帳簿の作成・保存がない場合には、雑所得に該当すると記されている(図-右下)。

通達それ自体に書かれていることは以上となる。結局のところ、税務署が雑所得扱いを譲らないケースを明確化するに止まっている。

 

通達の解説に書いてあること

ここには帳簿に対する考え方が解説されている。すなわち、帳簿を作成・保存することが、社会通念上事業と判定されるための重要な心証を提供すると、判例をなぞりつつ説明している。この考え方を受けて、帳簿の作成・保存があれば、事業所得と扱うべき場合が「多い」と述べている(図-左)。これは“原則として事業所得”と受取りたくなる表現だが、そうは言わないところが何とも巧みな言葉遣いだ。

そして、「多い」から外れるケースの“例示”として、以下の2つが挙げられている。

① 売上が僅少な場合

「例えば」例年の売上が、300万円以下で主たる収入の10%未満の場合
→給与収入400万円に対し副業収入40万円未満なら雑所得となるという考え方

② 営利性が認められない場合

例年赤字で、コストカットや売上拡大等の取り組みがない場合

他方、帳簿の作成・保存がなければ、先に述べた心証もなく法的義務も果たしていないため、原則として雑所得として扱うとの考えも示されている(図-右上)。こちらでは「原則として」との言い回しを用いているのが、これは判例との兼ね合いなだけで、納税者から帳簿なしで事業所得を主張するのは厳しい戦いとなるだろう。

 

国税庁が達成したこと

当初、国税庁は、副業による収入を雑所得とすることと、いわゆる副業節税スキームの排除を目指していたと考えられる。副業節税というのは、名ばかりの副業により赤字を仕立て上げて税負担の軽減を図る仕組みのことである。

今回の通達改訂では、赤字を垂れ流すだけの副業について、帳簿の有無に関わらず雑所得とするという判断を示した。これにより、副業節税スキームの排除は達成している。

 

国税庁が保留にしたこと ~売上300万円以下の副業の所得区分~

売上300万円以下の副業についての所得区分が、今回の騒動の発端であった。しかし、最終的にそこには通達でも解説でも明確に言及されてはいない。これにより、何となく国税庁が副業を雑所得とするのを諦めた様な印象を持ちがちだが、それは誤解である。

国税庁HPの「タックスアンサーNo.1300」には、雑所得の具体例として「副業に係る所得(原稿料やシェアリングエコノミーに係る所得など)」が明記されている。結局国税庁は、副業収入を雑所得とするという考えを変えた訳ではないのである。

従って、国税庁は手を替え品を替え、副業収入を雑所得とする挑戦を繰り返すと予想できる。このため、納税者は、国税庁の動向についてアンテナを張り、必要な反対意思表明をする心積もりをしておく必要がある。

とはいえ、今回の経緯を鑑みるに、当面は税務署が事業所得として申告された副業収入を否認するには、それなりに高いハードルが残ったと考えられる。したがい、副業収入についても、帳簿・給与の10%以上・黒字の3点に注意すれば、事業所得として申告できそうではある。

 

最後に

繰り返しになるが、今回の騒動の発端は、売上300万円以下の副業収入を雑所得とするという国税庁の発表だった。これをしれっと、副業についての言及を無くして、帳簿の有無に話をすり替えた。にもかかわらず、まるで国民心情に配慮して譲歩しましたとでも言うような決着。まったく油断ならない。斯く言う私も、最初少し騙されました。

ABOUT執筆者紹介

税理士 柳下治人

柳下治人税理士事務所
X(旧Twitter)

1978年埼玉県生まれ
明治学院大学経済学部 卒業
日本大学大学院経済学研究科修士課程 修了
税理士事務所勤務を経て柳下治人税理士事務所を設立

中小企業の経理、税務、経営のサポートやセミナー講師を手がけている。また、外国籍経営者やギグワーカーとも深く関わりを持ち、YouTubeにて「yagishitax税理士チャンネル」を運営し、UberEatsなどの配達員に必要な経理、申告のHowTo動画など税金にまつわる情報を公開している。

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