【税理士目線】「個人事業の法人化」は節税になる?法人化のメリット・デメリット
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「法人化すれば節税になる」__最近、このような話を鵜呑みにして個人の事業を法人化する方が増えているようです。本当にそうなんでしょうか。今回は税理士である筆者が、個人事業の法人化によるメリット・デメリットをお伝えします。
「個人事業を法人化する」の意味
個人事業の法人化とは、「個人」で営んでいた事業を株式会社や合同会社といった「法人」に引き継ぐことです。法人化をすると事業の主人公が個人から法人となります。個人事業主と法人とでは次のような違いがあります。
個人事業主 | 法人(株式会社・合同会社) | |
---|---|---|
課される税金 | 所得税・個人住民税・個人事業税ほか | 法人税・法人住民税・法人事業税ほか |
所得の内容 | 事業所得・雑所得 | 課税所得(法人税) |
事業主の立場 | 個人事業主 | 代表取締役兼株主 (中小企業の場合) |
事業主への給料は経費になるか | ならない | なる(ただし適正な額まで) |
個人事業の法人化によるメリット
個人事業を法人化すると、次のようなメリットがあります。
自分への給料を経費にできる
個人事業主には基本的に給料がありません。事業所得あるいは雑所得という形で得た収入をプライベートに充てることになります。これら所得は次の式で計算します。
この所得から税金や国民健康保険料、年金保険料などを払い、残りの金額で生活をすることになるわけです。つまり、経費や公的負担により、生活費の額が変わります。
一方、法人化したら、会社の役員として役員報酬という給与所得をもらえます。なおかつ、役員報酬は毎月同額などのルールを守れば、法人税での損金の額、つまり税法上の経費となるのです。
家族への給料を経費にできる
個人事業だと原則、家族への給料を経費にできません。例外的に経費にできるのは次のいずれかのみです。なお、雑所得は家族への支払分を一切経費にできません。
青色申告
「青色事業専従者給与に関する届出・変更届出書」に記載した金額以下で、実際に家族に支払ったもの(青色事業専従者給与)。なお実働などから相当と認められる金額が上限となる
白色申告
次のいずれか低い金額
- 事業専従者が事業主の配偶者であれば86万円、配偶者でなければ事業専従者一人につき50万円
- この控除をする前の事業所得等の金額を事業専従者の数に1を足した数で割った金額
しかし法人化したならば、家族に支払った給料は法人税での損金の額、つまり税法上の経費となります。事前の届出などはいらないのです。
出張のときの手当を経費にできる
出張をすると、出張先で自分の服を洗濯したり、一人でご飯を取ったりします。個人事業主ならば、こういったときにかかるコストは自弁です。しかし、法人ならば、出張旅費規程を作成し、ここに記載した金額以下なら出張手当として出張先の洗濯代や食事代をまかなうことができます。法人の経費にできるだけでなく、所得税などもかからないのです。
自宅の家賃の一部を経費にできる
本来、自宅の家賃は経費になりません。「家事費」というプライベートな支出だからです。必要経費も法人税の損金の額も、事業に関連するからこそ計上できます。
しかし、会社役員ならば、賃借主を会社にすることで、家賃の一部を税法上の経費とすることができます。
個人事業の法人化のデメリット
一方、個人事業の法人化はデメリットもあります。
赤字でも法人住民税がかかる
個人事業主ならば、赤字になったら、所得税も住民税もかかりません(消費税はかかることがあります)。しかし、法人だと仮に赤字でも年7万円前後の法人住民税を払うことになります。この約7万円は法人住民税の均等割です。均等割は、稼いだ所得額に関係なく「住所を置いているなら誰でも必ず納めるべきもの」として課税されます。
会社の利益には法人税が、社長の給料には所得税がかかる
「法人化すると、自分への給料を経費にできる」と言われます。しかしその一方、2つの所得に税金がかかるようになります。次の通りです。
- 会社(法人)の利益には法人税・法人住民税・法人事業税がかかる
- 個人の給料には所得税・個人住民税がかかる
個人事業主なら、所得にのみ所得税・個人住民税がかかりました。しかし法人化すると、会社の利益と社長個人の給与所得に課税されるのです。なお、個人の給与所得に課税されるのは家族分も同じです。
社会保険に加入しないといけない
たとえ1人社長であっても法人化したら社会保険に加入しなくてはなりません。そして、役員報酬では健康保険料・年金保険料などがかかります。社会保険料については、役員報酬を受け取る個人と、役員報酬を支払う会社が折半して負担しなくてはなりません。これはかなりコストがかかります。
経費に制限あり
役員報酬であれ、出張旅費であれ、社宅家賃であれ、支出するならば「法人の経費としての妥当性」が問われます。過度に多い金額、法人事業に関係のない支出は「役員賞与」となります。結果、法人税法上の経費になりません。なお、それでも個人の給与として課税されます。
法人税申告を一般人が行うのは大変
法人税の計算は、個人の所得税計算とは異なります。考え方が違うからです。法人税だと交際費に上限がありますし、役員報酬にも厳格なルールがあります。また多数の別表を作成しなくてはなりません。法人化したときの一番のデメリットは「税理士に頼まないと申告できない」という点かもしれません。
まとめ:事業上の必要から法人化を考えよう
YouTubeなどの影響で「個人事業を法人化すれば節税になる」と思っている方は多いようです。しかし節税になるとは限りません。また、節税の多くはキャッシュアウト(現金の流出)が伴います。そのため「節税して税金を払わなくて済んだ」事業年度は、たいてい手元に資金があまり残っていません。手元に現金を残すなら利益を出すほかなく、利益が出るときは税金が生じます。つまり「税金を払う方が現金が手元に残る」のです。
また「事業を法人化する」ということは「会社を作る」ということです。つまり「会社の運営」という維持活動や「会社の解散・清算」という廃業も意識する必要があります。これらの事務手続きは、個人事業を営む以上に厄介だからです。
「会社は社会の公器」と言います。法人化を考えるなら「事業を通じて誰に貢献したいか、誰から信頼を得たいか」「どれだけ事業を続けたいか」など、「会社という形にすべき事業上の理由」から入った方が後悔は少ないと思われます。
ABOUT執筆者紹介
税理士 鈴木まゆ子
税理士・税務ライター|中央大学法学部法律学科卒。ドン・キホーテ、会計事務所勤務を経て2012年税理士登録。ZUU online、マネーの達人、朝日新聞『相続会議』、KaikeiZine、納税通信などで税務・会計の記事を多数執筆。著書に『海外資産の税金のキホン』(税務経理協会、共著)。