経営相談の現場から[シリーズ第8回]友人と一緒に個人事業で開業したい
起業応援・創業ガイド
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筆者は経営コンサルタントとして、日々経営者の方々のお悩みを伺っています。このシリーズは「経営相談の現場から」というテーマで、中小企業経営者や個人事業主の方から実際にあったご相談内容を取り上げます。今回のご相談は、よくあるご相談テーマのひとつ「友人と一緒に起業」です。ご友人ふたりで化粧品ブランドを立ち上げようとするHさん・Iさんからのご相談を取り上げます。
ふたりの化粧品ブランドを立ち上げて、個人事業で共同経営したい
Hさん 「Iさんと私は化粧品メーカーに勤めています。Iさんと “こんな美容液が欲しいね”と話していたのが進展して、実際に作ってみようということになりまして。業界の人脈をフル活用しながら休日を使ってオリジナル配合の美容液を開発しました。」
Iさん 「とても良いものが出来たので、自分たちが使うだけではもったいなくて。銀行からお金を借りて量産して、私たちふたりの“Z(仮称)”というオリジナルブランドの化粧品として販売したいと思っています。」
筆 者 「おふたりの化粧品ブランドを立ち上げるとは、さすが化粧品のプロですね。ところで、おふたりはどんな事業体でビジネスをしますか?株式会社や合同会社といった法人を設立して、おふたりが役員に就任する形をお考えでしょうか。」
Hさん 「いいえ、個人事業を考えています。私たちはもう若くないですから、法人を設立するなんて大げさです。化粧品ブランド“Z”は、私たちふたりの個人事業として共同で経営したいです。」
筆 者 「なるほど。しかし“ひとつの個人事業をふたりで共同経営する”というのは、その言葉の通りには実現できないことですので、ちょっと考えないといけませんね。」
Hさん・Iさん 「えっ、そうなのですか?どういうことですか?」
個人事業の共同経営はできない?
筆 者 「とてもよくあるご相談なんですよ。ご友人と一緒に商売を始めたいが、法人を設立するのは大げさなので個人事業でやりたい、というお話は・・・。おふたりで一緒にご商売をしていくと、様々な場面で困ったことが起こります。例えば、先ほどIさんが“銀行からお金を借りる”と仰いましたが、おふたりのうちどちらの名前で借りるのか。化粧品がひとつ売れたらそのお金は、おふたりのうちどちらのものになるのか。法人という“箱”がないと、そのような話がついて回ることになります。」
Hさん 「法人を作らなくても、ブランド名“Z”を、私たちふたりのチーム名といいますか、いわゆる屋号にしますので、“Z”の名前でお金を借りて、商売をして、ふたりの共同口座でお金を管理しようと思っているのですが・・・。」
筆 者 「法人を作らない場合、“Z”はチーム名やサークル名と同様で、法人格がない任意団体の名前という位置づけになります。任意団体は、法律で定められた組織ではありませんので、借入や売買の契約の主体になれないんです。HさんとIさんには戸籍や住民票がありますが、“Z”の戸籍や住民票はありませんものね。」
筆 者 「個人事業主というのは個人の事業ですから、その事業主は、HさんかIさん、どちらかおひとりです。おふたりが“共同の口座”として扱う口座をご用意なさるとしても、その名義はHさんかIさん、どちらかにしなければなりません。」
ふたりで個人事業を営む方法
筆 者 「おふたりがイメージしていたやり方とはちょっと違うかもしれませんが、ふたりで個人事業を営むやり方はいくつかあります。主な方向性は、“それぞれが個人事業主になる”か、“どちらか一方が個人事業主になる”、の二通りです。」
Hさん 「銀行からお金を借りる場合、方法1.のようにそれぞれが個人事業主になるなら、ふたりがそれぞれ借入をすることになりますか?」
筆 者 「そうですね。金融機関との融資契約において、ふたりが共同で契約の主体になることはできません。どちらか一方が借入をするか、ふたりがそれぞれ借入をするかになります。」
Iさん 「それぞれが個人事業主になる場合、確定申告は誰がしますか?」
筆 者 「Iさんの分はIさんが申告します。Hさんの分はHさんが申告します。」
Iさん 「ああ、なるほど。日々一緒に商売しているつもりでも、どれが私の売上で、どれが私の費用なのか、はっきり分けておかないといけないわけですね。出来るかなあ。」
Hさん 「方法2.の、どちらか一方が個人事業主になる場合は、上司と部下みたいになってしまいますね。」
筆 者 「そういうことですね。少なくとも形式上は、一方が雇い主ということになります。」
アパートにふたりで同居するのと同じ
Hさん 「方法1.も、方法2.も、正直、どちらもしっくりきません。ふたりで一緒に商売をしようと思っただけなのに、どうしてこんなにややこしい話になってしまうんでしょう。」
筆 者 「そうですね。よくあるご相談ですが“しっくりこない”とおっしゃる方がとても多いので、私はいつも例え話でご説明しています。例えば、HさんとIさんがこれから2DKのアパートを借りて、同居生活を始めるとしましょう。さて、大家さんとの契約は、誰がしますか?」
Hさん 「同居をもちかけたのが私なら、とりあえず私の名前で契約します。家賃の半分はIさんにも払ってもらいますけど、それは私とIさんの間のやりとりですね。」
筆 者 「そうですよね、実質は家賃を折半していても、大家さんとの契約は、ふたりのチーム名で、というわけにはいきません。商売も同じことで、仕入れたり、売ったり、お金を借りたり、そういう取引が、ふたりのチーム名や“化粧品ブランドZ”の名前ではできないんですよね。」
Iさん 「そうか、だから、それぞれが部屋を借りる(それぞれが個人事業主になる)か、どちらかが部屋を借りてお金を分けるのは二人の間で内々にする(どちらかが個人事業主になって給与を払う)か、ということになるんですね。」
個人事業と法人の違いをよく理解して取り組もう
「友人と一緒に起業」というのはよくあるご相談テーマです。法人を設立すれば、メンバー全員がその法人の経営者に就任することで共同経営が可能です。仕入れたり、売ったり、お金を借りたりといった取引は、法人名義で出来ます。
しかし今回のHさん、Iさんのように個人事業でやる場合、つい、個人事業の性質を忘れて法人のように「ブランド名やチーム名で取引する」という感覚に陥りがちです。個人事業でご友人と一緒にご商売を始める場合は、個人事業と法人の違いをよく理解しておきましょう。
ABOUT執筆者紹介
経営コンサルタント 古市今日子
株式会社 理 代表取締役
経済産業大臣登録 中小企業診断士
外資コンサルティングファームなどで16年間経営支援の経験を積
事業再生に携わるほか、自治体の経営相談員や創業支援施設の経営
中小事業者・起業希望者の経営相談への対応件数は年間約200件