18 March

中国製生成AI「DeepSeek」の技術力とビジネスシーンへの影響

掲載日:2025年03月18日   
IT・ガジェット情報

「DeepSeek(ディープシーク)」は中国・杭州発のAIスタートアップで、OpenAIの「ChatGPT」に匹敵する性能を持つオープンソースの大規模言語モデルを公開し、生成AI業界に衝撃を与えました。特に2025年1月に公開された「DeepSeek-R1」モデルは、推論(Reasoning)能力に優れた6710億パラメータのMixture-of-Experts型LLMで、無料で利用可能なオープンソースモデルとして各方面から注目を集めています。本記事では、DeepSeekの技術的な特徴や株式市場への影響、ビジネス利用時のリスクから最新動向まで詳しく解説します。

世界の株価市場にインパクトを与えた「DeepSeek」とは。

DeepSeekの最新動向と業界の反応

DeepSeekは2023年にヘッジファンド「High-Flyer」を共同創業した梁文峰(Liang Wenfeng)氏が立ち上げた新興企業で、当初は自社の金融トレーディングにAIを活用するサイドプロジェクトとして始まりました。他社がMeta社のLlamaといった既存のオープンソースのモデルをコピーして活用する中、梁氏は最先端GPUを入手することが難しいなど、中国ならではの制約の中で新しいAIモデルを開発する、というビジョンを掲げてLLMの開発に踏み切りました。

2024年末には非推論型のAIモデル「DeepSeek-V3」をリリースし、2025年1月20日に推論型のDeepSeek-R1をリリースしました。安価なGPU「NVIDIA H800」でトレーニングし、開発コストは約560万ドル(約8億円)に過ぎなかったと報告されています。これが世界的な反響を呼ぶこととなりました。ちなみに、この金額は少なく見積もり過ぎて、もっとかかっているという報道も多数出ていますが、実際のところはわかりません。とは言え、どちらにせよ、ChatGPTやGeminiを開発するコストよりもずっと安いことは事実のようです。

DeepSeek-R1はOpenAIの最先端モデルに匹敵する性能を格段に安いコストで実現し、応答速度も約2倍に達するとのベンチマーク結果が出ました。APIの利用料金も100万トークンあたり、入力が0.55ドル、出力が2.19ドルと、ChatGPT o1の入力15ドル、出力60ドルと比べると約30分の1です。

こうした高性能・低コストのモデルをMITライセンスで完全公開したことは、「AI版スプートニク・ショック」とも評され、シリコンバレーの著名投資家マーク・アンドリーセン氏も「DeepSeek R1は史上稀に見る驚異的なブレークスルーであり、オープンソースとして世界への深遠な贈り物だ」と賞賛しました。

DeepSeek-R1公開直後、AIブームを牽引してきたハイテク株が世界的な売りに見舞われました。1月27日には、NVIDIA株が一時18%近く急落し、1日で約5900億ドルもの時価総額を失う史上最大級の下落となりました。同日はマイクロソフトや半導体大手のASML、日本の東京エレクトロンやデータセンター電力関連株まで軒並み急落し、AI楽観論で高騰していた市場に冷や水を浴びせました。

画期的な技術が開発され、NVIDIAのチップ需要が縮小するかもしれない、と考えた狼狽売りが原因です。もちろん、明らかに過剰反応です。今後、数年単位ではNVIDIAの優位性が揺らぐことはないでしょう。実際、1月27日の週全体としては、S&P500はわずか1%の下落で週を終え、ナスダック100は1.64%の下げにとどまるなど、すぐに市場は落ち着きを取り戻しました。

それでも、高性能なオープンソースAIモデルの出現で収益構造が変わるとの見方は根強く、投資家は今後の業界構図を慎重に見極めようとしています。私たちユーザーは恩恵を受けますが、AIモデルを構築するビッグテックは戦略を再検討しなければならなくなりました。

実際、OpenAIやAnthropicといったAI企業は、高コストなAPI利用料への不満から顧客が離れ、安価なオープンモデルへ流出するリスクに直面しています。DeepSeekとの価格差は市場の価格競争を激化させる要因になるでしょう。こうしたオープンソースモデルの台頭を受け、Meta社やGoogle社などの大手も戦略修正を迫られるとの見方があります。

DeepSeekのモデルや技術は他社との提携やプラットフォーム統合も進んでいます。NVIDIAは自社企業向けAIソリューション「NVIDIA AI Enterprise」にDeepSeek-R1を組み込み、リアルタイム実行できるマイクロサービスの提供を開始しました。またMicrosoftも自社クラウドAzure上のモデルカタログ「Azure AI Foundry」にDeepSeek-R1を追加し、安全性検証やレッドチーミングを実施した上で提供しています。

他にも、AI検索スタートアップの「Perplexity」やGMOインターネットグループのAI検索サービス「天秤AI」がDeepSeek-R1モデルを採用し、自社サーバーでホスティングすることで中国から独立した形でDeepSeekモデルを活用できるとアピールするなど、オープンなDeepSeekモデルは国内外で急速にエコシステムに取り込まれ始めています。

複数のAIモデルを無料で利用できる「天秤AI」でAzure版DeepSeek-R1も利用できます。

DeepSeek-R1の技術的な特徴

DeepSeek-R1がこれほど注目されたのは、「Mixture-of-Experts (MoE)」アーキテクチャを改良したためです。最大256個の「エキスパート」(専門サブモデル)を用意し、各入力トークンごとにそのうち8個のエキスパートだけが選択され実行される仕組みになっています。DeepSeek全体では6710億パラメータを持っているのですが、各予測ステップで実際に計算されるのは約370億パラメータ分に抑えられています。そのため、モデル全体としては膨大な知識容量を持ちつつ、計算コストを同等性能の従来モデルより大幅に削減することができるのです。

学習方法では、強化学習(RL)を大規模に活用している点が特徴的です。DeepSeek-R1の元となる「DeepSeek-R1-Zero」は人間の教師データなしで強化学習だけで作られた試作モデルであり、そこから発見された推論パターンを洗練させてR1が完成しました。まず基盤となるDeepSeek-V3-Baseモデルに「コールドスタート」と呼ばれる方法で推論能力を高める調整を行い、その後、大規模な報酬モデルと強化学習を使って段階的に性能を向上させています。

このアプローチにより、DeepSeek-R1は「チェイン・オブ・ソート」と呼ばれる段階的な思考プロセスが得意で、数学や論理パズルなど順を追って解く必要がある問題で優れた成績を示しています。例えば、数学コンペであるAIMEで79.8%、難関のMATHデータセットで97.3%という高い正解率を記録しました。プログラミングコード生成でも難しい課題で専門家レベルの能力を示しています。この推論能力はOpenAIの推論AIモデル「o1」シリーズと同等かそれ以上のパフォーマンスを見せています。

DeepSeek-R1はOpenAI o1とほぼ同等の性能を持っています。

2025年2月下旬に開催された「DeepSeek Open Source Week」では、AI開発を加速させるための5つのコードリポジトリが公開され、グローバルな開発者や研究者とのコラボレーションを促進する場となりました。

イベント初日には、NVIDIAのHopper GPU向けに最適化された「FlashMLA」という効率的なMLAデコーディングカーネルが発表されました。これは高性能な計算能力を提供し、特に医療や金融などリアルタイム性が求められる分野での応用が期待されています。続いて、「DeepEP」(Mixture-of-Expertsモデル向け通信ライブラリ)や「DeepGEMM」(最適化された行列積ライブラリ)など、AIモデルの効率化や分散学習を支援するツールが次々と公開されました。

これらのツールはすべてGitHubとHugging Faceで無料公開されており、多くの開発者から高い評価を受けています。例えば、「FlashMLA」は現在1万1000以上のスターを獲得し、その優れた技術が広く認識されています。。

ビジネス利用のリスクと課題

DeepSeek-R1は性能・コスト面で魅力的ですが、企業が商用利用する際にはいくつかのリスクと課題があります。

1. 収益モデルと継続性の不透明さ

DeepSeekはモデルとソースコードを無償公開し、自社の収益源としては安価なAPI提供や関連サービスを掲げています。利用料金は極めて低く設定されており、これで十分な収益が得られるかは不透明です。オープンソース戦略によって知名度向上やコミュニティ支援を得られる反面、開発コストの回収や将来のモデル改良に必要な資金をどう確保するかが課題です。今後、継続的なAIモデルの開発競争に耐えるには追加の資本や収益源が必要でしょう。ユーザー企業にとっても、DeepSeek社の長期的なサポート体制が不明確な点は導入判断時の不安材料となりえます。

2. セキュリティ・プライバシーリスク

中国企業であるDeepSeekが提供するクラウドAPIや公式アプリをそのまま利用する場合、ユーザーデータが中国のサーバーに送信・保存されることになります。これはEUのGDPRなどのデータ規制に抵触する恐れがあり、実際DeepSeekは欧州市場で規制当局の調査を受ける可能性が指摘されています。一方、オープンソースなのでモデルそのものを自社サーバーにホストする選択肢もありますが、その場合でもコードに潜在的なテレメトリ(開発元へのデータ送信)やバックドアがないか十分な監査が必要です。

3. 内容規制と倫理面

DeepSeek-R1は中国製のAIモデルであるため、中国当局の定める「社会主義核心価値観」に反する出力を行わないよう調整されています。その結果、尖閣諸島や天安門事件など中国の政治的敏感話題に言及すると回答を拒否したり、中国政府の意向を反映した回答をするなど、検閲的な挙動が報告されています。企業がDeepSeekを利用する場合、こうした偏った制限はUI/UXに悪影響を与えます。またDeepSeek-R1はChatGPTなどに比べると安全性・倫理面の調整が不十分で、マルウェア作成やフィッシング文面生成などの不正行為に加担させやすくなっています。

Azureに構築されたDeepSeek R1に尖閣諸島や天安門事件について聞いてみた結果です。画面は天秤AI。

4. 法規制の影響

各国のAI規制が進む中、オープンソースモデルといえども法的遵守が求められます。DeepSeekのようなモデルを商用提供する場合、トレーニングデータや意図しないバイアスに関する情報開示、危険な用途への対策などが求められる可能性があります。現状、DeepSeekは学習データセットの詳細を公開しておらず、規制面での不確実性があります。

以上のように、DeepSeekをビジネスに活用するにはそのメリットと同時に様々なリスク要因を慎重に評価し、自社のリスク許容度やコンプライアンス体制に照らして採用可否を判断する必要があります。

オープンソース戦略の優位性と課題

DeepSeekがオープンソースで公開したのは、大きな賭けであると同時に戦略的優位をも生みました。まず、重みデータ含むAIモデルの完全公開によって世界中の研究者・開発者がDeepSeek-R1を利用・改良できるようになり、公開直後からHugging Face上で100万回以上ダウンロードされ、爆発的に普及しました。さらにHugging Faceコミュニティは「Open-R1」プロジェクトを立ち上げ、R1の再現に必要なデータ前処理スクリプトや追加学習パイプラインの整備に乗り出しています。

こうしたコミュニティの盛り上がりは、DeepSeek自身がすべて開発するよりも速いペースで周辺環境を充実させ、結果的にDeepSeek-R1の価値と影響力を高めています。一方で、オープンソースゆえの課題もあります。完全公開したことで他社が類似モデルを容易に開発できるため、競争優位の維持には継続的なイノベーションが求められます。幸いDeepSeekは今回R1を公開する代わりに、いわば業界標準ポジションを先取りし、自社の実装をデファクトスタンダードにすることで今後の主導権を握ろうとしているようにも見えます。

DeepSeekは少ない計算資源で最大限の性能を引き出す、というアプローチで生成AIの新境地を開拓しました。それは高コストの大規模モデルが中心だった市場に風穴を開け、価格破壊と技術開放による新たな競争フェーズをもたらしています。

AIの性能はまったく頭打ちしておらず、まだまだビッグテックの膨大な資金を投入した大規模開発が続くことは間違いありませんが、今後のDeepSeekの動きからも目が離せなさそうです。

ABOUT執筆者紹介

柳谷智宣

ITライター/NPO法人デジタルリテラシー向上機構 代表理事
ホームページ

1998年からIT・ビジネスライターとして執筆活動を行っており、コンシューマからエンタープライズまで幅広い領域を手がけている。2018年からは特定非営利活動法人デジタルリテラシー向上機構(DLIS)を立ち上げ、ネット詐欺や誹謗中傷の被害を減らすべく活動している。

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