26 July

安直な節税は認められない?租税回避否認規定の嘘

掲載日:2023年07月26日   
税務ニュース

相続税実務に悪影響を及ぼす最高裁判例

去る令和4年4月19日、相続税の実務に大きな影響を与える最高裁判決がなされました。これは、財産評価基本通達6項といわれる規定の適用が問題になった事例です。この6項、安易な相続税の節税を、不適当な「租税回避」として、税務署の裁量で否認できるという規定(租税回避否認規定)ですが、この規定に基づく税務署の課税を、最高裁が完全に認めました。

最高裁の判断をごく簡単に申し上げますと、「安易な節税を認めてしまうと、課税の公平の考えから問題が生じるため、このような節税が行われた場合には、税務署の裁量で課税して問題ない」というものでした。安易な節税を認める、という点を申しますと、効果がある節税スキームは高価であることが多く、それこそ金持ちでないと使えないようなものがほとんどです。言い換えれば、富裕層でない方は節税スキームを使えず、相対的に高い割合で相続税を負担せざるを得ないので不公平、といった判断がなされました。

基準は未だに不明確

確かに、金持ちだけ節税できると聞けば不公平のように思いますが、問題になるのは、何をもって安易な節税となるか、その明確な基準がないということです。根拠とされた6項は、「著しく不適当」な場合には、相続財産の評価額を正しく変えられる、としていますが、非常に曖昧です。この点、税務署も一定の基準を出していますが、この基準も不透明です。

実際のところ、税務署のさじ加減でこの規定が使えるようになっており、巷で言われるような王道的な節税であっても、租税回避として税務調査で課税される可能性が生じています。実際のところ、この最高裁で行われた節税は、「借金して土地を買う」という相続税の節税本には必ず書いてある内容で、税務署も長い間認めており、現状も使われています。

明確なルールがないのに税金が課税されるとなれば、課税は法律で決めなければならないという日本国憲法84条の「租税法律主義」違反です。最高裁は憲法に違反しないかをチェックする「法の番人」ですから、本来はこの6項の課税について、正しいルールを示すべきです。しかし、税務署が100%正しいという判断がなされた訳で、税務署は最高裁のお墨付きを得たとして、今後ますます「安直な」課税が増えるでしょう。

租税回避否認規定でないものを租税回避否認規定とする無法

このため、この6項の対策が税理士の中では問題になっていますが、まず押さえていただきたいのは、6項の正しい解釈は租税回避否認規定ではありません。納税者の権利を守るための規定なのです。

具体的に申し上げますと、相続税における土地の評価は、毎年7月1日にその年の評価額として国税庁が定めます。このため、その年中の相続については、7月1日の評価額がベースになりますが、バブル崩壊のように、土地の価額が7月1日後に大きく下落してしまうこともあり得ます。にもかかわらず、下落前の価額で土地を評価するのは「著しく不適当」ですから、この時は7月1日の評価を使うというルールに関係なく、正しい時価と思われる評価をしても構わないというのが、6項の趣旨です。

すなわち、決められたルールを守ると「著しく不適当」の場合が問題になりますが、それは「税金が下がるので不適当」ではなく、「税金が上がるので不適当」なのです。6項はルールが曖昧と申しましたが、それは納税者を救う規定だからこそです。不明確であれば、その分適用される余地も多くなり、広く納税者を救済できます。

つまり、税務署がやっていることは間違いであり、このような誤りを正すべきなのに、最高裁は正しい判断をしていません。誤った判断がなされるのは、裁判官は民商法の専門家で、税法に詳しくない者が多いことはもちろん、税務署に忖度する傾向があるからです。結果として、納税者を救う規定を租税回避否認規定にして納税者に不利益を与える、といったあり得ない状況が作られています。

最高裁も研究者も頼りにならない

最高裁が正しい判断ができないなら、高い見識を持った、税法の教授などの学者がその誤りを指摘するべきです。実際のところ、とある国税OBの研究者の古い書籍では、6項によって納税者を救済できると明記されています。

しかし、最高裁以上に情けないのが研究者の実態です。聞いた話では、ほとんどの研究者は裁判例を研究するに止まり、ろくに法律も読めないようです。裁判例を研究しているからか、研究者の多くは最高裁に忖度して、最高裁の判断が正しい前提で論文を書くことも多いように思われます。実際のところ、本件の判決について、批判する論文はほとんど目にしていません。

実際、先の国税OBの研究者も、今となっては6項を租税回避否認規定という前提で解説しています。研究者は本稿を執筆する私よりもはるかに大きな影響力をもっていますので、最高裁や国税に忖度することなく、正しい情報を毅然と発表すべきでしょう。

ABOUT執筆者紹介

元国税調査官・税理士 松嶋洋

昭和54年福岡県生まれ。平成14年東京大学卒。国民生活金融公庫(現日本政策金融公庫)、東京国税局、日本税制研究所を経て、平成23年9月に独立。現在は税理士の税理士として、全国の税理士の税務調査や税務相談に従事しているほか、税務調査対策・税務訴訟等のコンサルティング並びにセミナー及び執筆も主な業務として活動。

著書に『最新リース税制』(共著)、『国際的二重課税排除の制度と実務』(共著)、『税務署の裏側』、『社長、その領収書は経費で落とせます!』『押せば意外に税務署なんて怖くない』などがあり、現在納税通信において「税務調査の真実と調査官の本音」という500回を超える税務調査に関するコラムを連載中。

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