職場でとるべき基本的なメンタルヘルス対策について
社会保険ワンポイントコラム
職場のメンタルヘルス問題が大きく取り上げられるようになって10年以上たちますが、いぜんとしてメンタルヘルス問題による休職は大きな問題であり、労災申請、労災認定件数も年々増加の一方です。今回は職場でとるべき基本的なメンタルヘルス対策についてお話しします。
休職は発生する前から会社に損失を与えている
産業保健はILO(国際労働機関)とWHO(世界保健機関)により「すべての職業における労働者の身体的、精神的及び社会的健康を最高度に維持、増進させること、労働者のうちで労働条件に起因する健康からの逸脱を予防すること、雇用中の労働者を健康に不利な条件に起因する危険から保護すること、労働者の生理学的、心理学的能力に適合する職業環境に労働者を配置し、維持すること、以上を要約すれば作業を人に、また、人をその仕事に適合させること」を目的とするとされています(1995年)。
もちろん、これは理想論です。すべての社員にそれぞれの心理学的能力に適合した作業を配置することは無理で、職場や作業と本人の特性との不適合はある程度発生せざるを得ず、中にはメンタルヘルス不調を起こし休職する社員も現れます。ここまで進んだ段階で初めて産業医に相談がくるというケースが多くみられますが、休職後の対応は「敗戦処理」です。心理学的に適合しない(つまり本人にとってつらい)作業に長くおかれると生産性が下がるため、休職に入る前から会社に損失を与えています。そうならないように、早期に手を打つのがメンタルヘルス対策のポイントです。
管理職はメンタルヘルス対策の重要なキーパーソン
ストレスチェックの項目の中に「上司・同僚・家族に気軽に話ができますか。相談できますか。」いう質問があります。たとえストレスがあっても、愚痴が言えたり、相談にのってくれる人がいれば乗り越えることができます。このような社風・雰囲気を作るのは会社の経営者、そしてそれぞれの部門の管理職です。管理職は各個人の心理的能力に適合する作業を振り分けるだけでなく、困った事があったら支援する職場環境を作る、メンタルヘルス対策のキーパーソンの一人です。
管理職が部下を支援するコツとは
① 部下の異変を早期に発見する
管理職が部下のストレス反応を見つける指標としてKAPEと呼ばれるものがあります。K:勤怠が乱れていないか。A:安全に業務や通勤ができているか。P:パフォーマンスが以前に比べて落ちていないか。E:影響、とくに悪い影響を周囲に与えていないか(例えば仕事中舌打ちを頻繁にすることで周囲を嫌な気分にさせるなど)。
こういった行動がみられる場合、その人には強いストレスがかかっている可能性があります。
② 日ごろから話しやすい環境づくりを心掛ける
日ごろから「最近どう?」といった声かけを部下に頻繁にまんべんなくしておきます。困っているときに「実は…」と話し出しやすくなりますし、心配な部下にはこちらから声をかけやすくなります。
③ 事実と自分の心配を分けて伝える
パフォーマンスが急に落ちている部下がいるとします。この時、上司からの声掛けとして、「最近成績が落ちているじゃないか、何かあったか?」だけではだめです。「最近以前と比べてこのようにパフォーマンスが落ちている(事実としての数字を示す)。何かあるのではないと心配している(心配していることを伝える)。」と、事実と自分の心配を分けて明確に伝えるのが良いでしょう。
④ 逃げずに話を聞き、安直なアドバイスはしない
話を聞くときは、上司側からあまり根掘り葉掘り聞かないのがコツです。そして、いざ部下が相談してきたときには、絶対に逃げず、また安直なアドバイスをせず、まずは本人の話を、向こうが話したいだけ聞きましょう。
本人が話し終わったら、「○○で困っていると理解したけどあっているかな?」と問い返し、何に困っているかを明確にした上で、初めて具体的な話し合いに入ります。
⑤ 結論を焦らない
当然、すぐに結論を出せないことは多々あります。人事などに相談することもあるでしょうし、産業医や保健師といった産業保健職に相談することを本人に勧める場合もあるでしょう。職場には言えないことでも産業保健職には言えるということはよくあります。
また、このようにいろいろ骨を折ったにもかかわらず、いい結果に結びつかないことは残念ながらあり得ます。でも、上司が親身になって相談に乗ってくれたという経験は、当の本人だけでなく職場全体にも必ずいい影響を残します。
衛生推進者・衛生管理者は置いていますか?
ところで、労働者の健康を守るため10人以上49人以下の職場には衛生推進者を、50人以上の職場では衛生管理者を置くことが労働安全衛生法で定められています(第十二条、第十二条の二)。皆さんの職場では遵守されていますか。衛生推進者・衛生管理者がメンタルヘルス問題対応の研修を受け、社内に反映させるというのも有効な方法の一つですので、こちらもお勧めです。
ABOUT執筆者紹介
神田橋 宏治
総合内科医/血液腫瘍内科医/日本医師会認定産業医/労働衛生コンサルタント/合同会社DB-SeeD代表
東京大学医学部医学科卒。東京大学血液内科助教等を経て合同会社DB-SeeD代表。
がんを専門としつつ内科医として訪問診療まで幅広く活動しており、また産業医として幅広く活躍中。