28 July

増加しつつある「賞与の給与化」 採用力向上の陰に潜む3つのデメリットとは

掲載日:2025年07月28日   
社会保険ワンポイントコラム

昨今、大手企業を中心に賞与を廃止・縮小し、余剰資金を月例給与に含めて支払う「賞与の給与化」に踏み切るケースが散見されている。従前の賞与原資を基本給に割り振れば求人情報に表記する給与額が高くなるので、新たなコストを掛けずに採用力が向上できるためである。ところで、賞与を給与化することによるデメリットはないのだろうか。今回はこの点を整理してみよう。

初任給30万円時代に向けた「賞与の給与化」

学卒新入社員の初任給を30万円以上に引き上げる大手企業が増加中だ。そのような社会情勢を捉え、「初任給30万円時代」という用語もメディアを賑わせるようになった。

通常、給与水準を上昇させるには、新たな原資の捻出が必要である。ところが、賞与の全部または一部を月例給与の基本給に含めて支給するなどの方法に改めれば、追加の原資を用意せずに実施可能だ。

また、給与水準が高い社員の中には、「賞与の給与化」により社会保険料の削減が可能なケースも存在する。厚生年金保険料は賞与であれば150万円までの金額に賦課される一方で、給与として支給すれば65万円を超える金額には掛からないからである。

ただし、「賞与の給与化」にはデメリットも内在するので、注意しなければならない。

デメリット① 人件費の増加

1番目のデメリットは人件費が増加することである。賞与を廃止・縮小して得た資金を月例給与の原資に充当すると、その分だけ割増賃金の計算に使用する「1時間当たりの賃金額」が上昇するためである。

時間外労働や休日労働、深夜労働に対する割増賃金算出に使用する「1時間当たりの賃金額」は、月給額を1カ月の平均所定労働時間で除して決定される。そのため、月例給与が高くなればその分だけ「1時間当たりの賃金額」も上昇し、残業時間数などが従前と同じでも企業側が負担する割増賃金額が増加する。

また、月例給与の基本給を基礎に退職金の額を決定している場合には、退職金コストも増加することになる。

デメリット② 業績変動への対応力の低下

2番目のデメリットは業績変動への対応力が低下することである。

一般的に、賞与の支給額には半年間などの企業業績が反映される。業績低下時には賞与支給額を抑制することで財務状況の悪化が回避され、業績上昇時には賞与支給額を増額することで組織目標の達成に対する社員の動機付けが醸成される。

しかしながら、月例給与の基本給の場合には、業績が低下したという理由だけで支給額を減額することは原則として許されない。そのため、「賞与の給与化」により、業績低下時には財務状況がマイナスの影響を被りやすくなるわけだ。

また、基本給を中心とした一般的な給与体系は、業績の上昇に応じて月例給与の支給額を増加させる仕組みを持ち合わせていない。従って、賞与制度の廃止・縮小は、業績向上に伴う金銭的インセンティブ提供の手段を廃止・縮小することと同義ともいえよう。

デメリット③ 社員の就業意欲の低下

最後は社員の就業意欲が低下するケースがあることである。

業績が上昇したとしても社員に支給される報酬額に変わりがなければ、組織目標の達成に対する社員の動機付けは棄損されることになるだろう。年間の収入総額が変わらないのであれば、月例給与の増額よりも賞与が支給されなくなった事実をより重く受け止め「会社がボーナスを出さなくなった」などとマイナス感情にとらわれる社員も現れかねない。

加えて、一般消費者や求職者の中には「賞与が出なくなった企業」「ボーナスカットが行われた企業」などのマイナスイメージばかりを過剰に抱く者が現れるかもしれない。このようなネガティブな社会的評価がSNSなどで拡散されれば、企業のブランドイメージ悪化は免れない。これらの状況から社員の就業意欲低下が生じることも懸念されよう。

以上のように、「賞与の給与化」はメリットとデメリットとが混在した人事施策である。上記以外にも、「社会保険料負担が減少した社員は、老後の年金額が減額になる」などの問題も存在する。従って、拙速な判断で本施策を実施した場合には、取り返しのつかない事態を招きかねない。懸念される問題点と対応策を精査した上で、制度導入の是非を判断することが肝要といえよう。

ABOUT執筆者紹介

大須賀信敬

コンサルティングハウス プライオ 代表
(組織人事コンサルタント/中小企業診断士・特定社会保険労務士)

中小企業の経営支援団体にて各種マネジメント業務に従事した後、組織運営及び人的資源管理のコンサルティングを行う中小企業診断士・社会保険労務士事務所「コンサルティングハウス プライオ」を設立。『気持ちよく働ける活性化された組織づくり』(Create the Activated Organization)に貢献することを事業理念とし、組織人事コンサルタントとして大手企業から小規模企業までさまざまな企業・組織の「ヒトにかかわる経営課題解決」に取り組んでいる。一般社団法人東京都中小企業診断士協会及び千葉県社会保険労務士会会員。

原稿提供元株式会社ブレインコンサルティングオフィス「かいけつ!人事労務」

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