22 December

事業継続のためのM&Aのススメ

掲載日:2023年12月22日   
税務ニュース

M&Aという言葉を聞くと、どんなイメージをもたれるでしょうか?大企業同士が戦略的に合併する様子や、大企業が規模拡大のための吸収合併や株式買収をするなどのイメージがあると思います。最近ではベンチャー企業の最終的な出口として株式公開ではなく、M&Aを選択するケースも増えているようです。

今回、このメルマガではそういった従来からあるM&Aの形ではなく、「事業継続のためのM&A」について書いていきます。その主役は、中小企業です。

増え続ける中小企業の廃業とM&A

ひと昔前であれば、中小企業の後継者はその親族と相場が決まっていました。社長の子どもが次の社長というのは、世間の常識でもありました。また、適当な親族がいない場合、会社の生え抜きの社員から後継者を探すということもありました。いずれのケースも、会社に馴染みのある個人が会社に入ることで事業を引き継ぐという形態をとっています。

現代でもいくつかの会社ではそういう形態で事業を継続しているところもありますが、多くの中小企業ではいわゆる「跡継ぎ問題」が発生しています。図表1にある通り、中小企業の休廃業・解散件数は一貫して増加傾向にあり、その中小企業を経営する経営者の年齢も年々増加する傾向です。

「一生涯、現役経営者」
という言葉はとても素敵な言葉ですが、果たしてそれでよいのでしょうか?

世の中に「絶対」ということは存在しませんが、ただひとつ絶対に起こることがあります。それは、ひとはいつか死ぬということです。以前、この言葉を筆者が現役経営者にお話ししたところ、ひどく怒られた経験があります。たとえ真実だとしても、面と向かって言うべき言葉ではないようです。

分かっていても他人から言われたくない、でもどうしてよいかわからない、というのが経営者の本音なのかもしれません。ただ現実的には、経営者が亡くなった日から、会社は大変な困難に直面することになります。会社の経営の責任者であり、営業の責任者でもあり、場合によっては財務部長、総務部長の役割を兼務している、それが中小企業の経営者です。

そのようなスーパービジネスマンがある日突然いなくなったら、会社の運営が従来通りにいくわけがありません。当然、残された会社の従業員はこの先どうするのか不安を抱えながら仕事をすることになります。このような状況をなんとか変えたい。国はもちろん地域や各経済団体も真剣にこの問題を解決しようと様々な施策を講じています。

図表1:休廃業・解散件数と経営者平均年齢の推移

一方、中小企業のM&Aの件数も図表2にある通り増加しております。図表のデータは、大手仲介会社と事業承継引継ぎセンターの数字ですので、ここに表れてこない件数はかなりの数に上ると予想されています。中小企業がM&Aをする理由はいくつかありますが、その理由の上位には「従業員の雇用の維持」や「後継者不足」など、事業を継続するためにM&Aをするという構図が浮かび上がってきます。

もちろん金銭的な理由、創業者利益の確保なども見られますが、事業を継続するためという理由が大きな割合を占めるということは、社会的にも事業承継のためのM&Aが認められてきた証でもあるといえます。この事業承継型M&Aは今後、ますます増えていくことが予想されますし、これを進めることが後継者問題を解決するための切り札になるとも思っています。

図表2:中小企業のM&A実施状況

出典:中小企業庁HPより

 

後継者をM&Aで探す新発想

事業承継型M&Aが今後増加していくことは明らかですが、ここでは具体的なメリットと課題について解説していきます。

事業承継型M&Aの最大のメリットは選択肢が大幅に拡がるということです。親族や社内にいる従業員だと、そもそもの選択肢が限られ、後継人材の選択ができたとしても、その後の様々な制約条件を考慮すると適任といえる人がほぼいなくなるという現実があります。ところが事業承継型M&Aでは、事業引継ぎの候補者は全国から、しかも個人法人を問わず検討することができるのです。

さらに、事業の組み合わせによってはシナジー効果期待もできます。イノベーションの可能性という点については、後継者が異業種出身である場合には、いままでと違う発想で事業展開を考えることができるということも期待できます。昨今、人材を確保することが難しい中でも、事業承継型M&Aでは、現在働いている社員をそっくりそのまま引き継ぐことができ、現代の経営課題のひとつでもある人材確保についてもクリアできます。

しかし、事業承継型M&Aでは必ずしも規模の拡大が目的ではありません。最も重要視されるべきは、事業の継続性です。M&Aによって後継者を探すことの具体的なメリットは、以下のようなものがあります。

  1. 手続きの簡素化と時間の節約:M&Aによって後継者を探す場合、選考や交渉、契約の手続きなどが簡略化されることがあります。具体的なM&Aの形態によって、その手続きは異なりますが、例えば株式取得によるM&Aでは、必要な手続きは株式譲渡とその後の役員変更のみでできます。社内で後継者育成をすることと比べると、時間と手間を大幅に削減することができます。
  2. 企業文化の継承:M&Aが成功するかどうかは、企業文化をどう調整するかという点が大きいですが、特に事業承継型M&Aでは企業の風土や伝統をどう継承することがポイントとなります。事業承継型M&Aでは、後継者の側が必然的に元々ある企業文化になじむことが必要になるため、比較的容易に企業文化を継承することができ、その後の会社経営がスムーズにできるのです。
  3. 経営の安定性の確保:後継者がいない場合、事業承継型M&Aによって後継者を探すことで、企業の経営の安定性を確保することができます。従業員の感情的にも経営が安定するということは、経営によい影響を与えることになるでしょう。また、後継者が存在すると金融機関からの信頼性も増すことから現実的なメリットもあります。
  4. 新しいアイデアの導入:後継者が異なる業種出身である場合、新しいアイデアや視点が導入されることがあります。これによって、既存のビジネスモデルを改善したり、新しいビジネスの展開が可能になることがあります。ただし、これは事業承継型M&Aの2次的なメリットであり、このメリットを実現できるかどうかは、後継経営者の資質によるところが大きいです。

これからの課題

事業承継をM&Aを利用して積極的に進めていくという考え方は、必ずしも新しい考え方ではありません。すでにそのような方向で動いている機関も数多くあります。とりわけM&A仲介会社もいわゆるスモールM&Aについても力を入れており、それが成約件数増に結び付いています。

しかし、M&A仲介会社を通じたM&Aは規模的な制限もあり、事業承継問題を抱えている中小企業すべてに対応できるものではありません。なにより手数料と買収金額が問題となるようです。しかし、事業承継型M&Aでは、金銭的な目的の優先順位はかなり低いということもあります。あくまで事業の継続のためのものというのが最終的な目標なのです。そうなると、M&A仲介会社を媒介する以外のM&Aをどのように進めるかということが課題として浮かび上がってきます。

本来、中小企業に一番近い存在の税理士は仲介会社を媒介としないM&Aでもその役割を期待されるところでしょう。また、中小企業をお金の面から支える金融機関についても、同様の役割が期待されます。

そしてなにより後継者問題に直面している中小企業の経営者に自発的な行動が期待されます。これまで説明してきた通り、M&Aのハードルはかなり低くなっています。あとは行動力。事業存続のためのM&Aに興味をお持ちになったら、顧問税理士やお付き合いのある金融機関などに相談してみてください。道は開けるはず。

ABOUT執筆者紹介

税理士・米国税理士 出口秀樹

BDO税理士法人 札幌事務所

BDO税理士法人ホームページ

税理士、米国税理士(EA)。BDO税理士法人代表社員、株式会社ドルフィンマネジメント代表取締役。

1967年北海道札幌市生まれ。1991年北海道大学文学部卒。1998年5月出口秀樹税理士事務所開所。より広い専門知識を身につけるため、小樽商科大学商学研究科入学、2005年修了。中小企業の税務、会計、経営のサポートを行うとともに、個人の税務対策などにも積極的に取り組んでおり、その内容は多岐に及ぶ。経営者や幹部、若手リーダー向けのわかりやすい財務分析や財務三表の読み方セミナー、不動産オーナー向けの税務対策セミナーなど講師としても活躍中。2021年7月BDO税理士法人 札幌事務所所長

 

著書に『知れば知るほど得する税金の本』『知れば知るほど役立つ会計の本』(共に、三笠書房《知的生きかた文庫》)、『会社の整理・清算・再生手続きのすべて』(共著、中央経済社)、『改訂版 会社経営100問100答』(共著、明日香出版社)などがある。

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