経営相談の現場から[シリーズ第15回]いつまでたっても起業に踏み出せない
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筆者は経営コンサルタントとして、日々経営者の方々のお悩みを伺っています。このシリーズは「経営相談の現場から」というテーマで、中小企業経営者や個人事業主の方から実際にあったご相談内容を取り上げます。
今回は、起業を志すMさんのご相談を取り上げます。
起業に向けて努力を重ねているのに・・・
筆 者 「Mさんは大手食品メーカーの経理職でキャリアをスタートして、今はベンチャー企業の経理部長なのですね。米国公認会計士の資格もお持ちで、努力を重ねてこられた方ですね。」
Mさん 「いつか自分の事業を興したいと思って、会計を中心に勉強してきました。最近は起業の勉強会や交流会などに参加して、実践で役に立ちそうな知識を集めています。」
筆 者 「事業内容は決まっていますか?」
Mさん 「検討中です。いろいろなプランを考えていますが、どれもしっくりこなくて踏み出せずにいます。」
どの事業プランも「これだ!」と思えない
筆 者 「例えばどんなプランをお考えですか。」
Mさん 「農家の親族が近くにいまして、“訳あり”の野菜を安く入手できるんです。これを使って何かできないかと思っています。」
筆 者 「それはいいですね。」
Mさん 「もうひとつあります。以前、業務用のジェラートマシンメーカーの開業セミナーに参加して、ジェラートづくりの奥深さに大変興味を持ちました。これを“訳あり野菜”と組み合わせて、独自の野菜ジェラートを開発しようかと考えています。」
筆 者 「野菜ジェラートとは珍しいですね。店舗を構えるのですか?」
Mさん 「はい、両親から引き継いだ自宅が広いので、1階部分を店舗にできます。でも改装費がかかりますし、ジェラートマシンが数百万円もする高価な機械なので、家族や友人にも相談しました。」
筆 者 「ジェラートマシンだけで数百万だと、店舗の内外装も含めた開業資金は1000万円をゆうに超えそうです。周囲に相談できるのは良いですね。どんな反応でしたか。」
Mさん 「何人かに相談しましたが良い反応がありません。実は自分でも、このプランを“これだ!”と思えていないのです・・・。」
「これだ!」と思えないのは理由がある
Mさん 「私には “訳アリ野菜”の入手ルートがありますし、ジェラートへの情熱、店舗にできる自宅、会計の知識もあります。これだけ条件が揃っているのは恵まれている方かなと思います。それでも良い反応が得られない。なぜだと思いますか。」
筆 者 「そうですね、一般論として、安心感がある事業プランには“できること”、“求められること”、“勝てること”の3つが揃っているものです。下図のようなイメージです。この3つが揃っていると、周囲のどんな突っ込みにもだいたい答えられるんですよね。」
筆 者 「Mさんが“これだ!”と思えないのは、この3つのうちどれかが欠けているからかもしれません。まず“求められること”の要素ですが、店舗になるご自宅は野菜ジェラートのお客様が見込める場所ですか?」
Mさん 「自宅のそばに大きな公園があるので、立ち歩きできるジェラートはいいかなと思うのですが、周辺に住んでいる方はどちらかというと高齢の方が多いですね。客層としては、あまりジェラートを召し上がる感じではないかな・・・。」
筆 者 「では次に“勝てること”の要素ですが、近くに冷たいスイーツのお店はありますか?」
Mさん 「公園のそばにショッピングセンターがあって、そこのフードコートに大手アイスクリームチェーンがありますね。そこに勝てるかというと、野菜という珍しさでは目を引きますが、うーん。」
筆 者 「大手チェーンに勝つのは大変ですよね。ですが、もし、訳あり野菜のおかげでジェラートの価格をうんと安くできるのなら、価格が“勝てること”の要素になりそうですが。」
Mさん 「いや、野菜は材料のほんの一部ですから、野菜だけ安く調達できてもジェラートを安くできるわけではありません。大手のコストパフォーマンスには勝てないですよ。・・・そうすると確かに、“求められること”と“勝てること”の要素は欠けていますね。」
筆 者 「ご自身でも頭の片隅でそれを理解していらっしゃったからこそ、“これだ!”と思えなかったのかもしれませんね。」
Mさん 「3つの要素のうち“自分ができること”しか考えていなかったのかもしれません。家族や友人も、なんとなくそれを感じたから渋い反応だったのかな。」
事業プランをまとめる基本ステップ
Mさん 「3つの要素を兼ね備えた事業プランにするには、何から考えたらよいのでしょうか。」
筆 者 「3つの中では“求められること”から考えるのが、一番無理がないと思います。次に、その中から“できること”を絞り込んで、さらに“勝てる事業”に仕上げていく。この流れで具体化していけるといいですね。」
Mさん 「例えば“このあたりで訳あり野菜を喜んでくださるのはどういう方だろう”ということから考えるということでしょうか。」
筆 者 「そうです、いいですね。もしMさんがジェラート店を営むことにこだわらないのなら、訳あり野菜をそのまま買って加工してくれる事業者に卸すことも視野に入りますね。思いあたるお客様はありますか?」
Mさん 「このあたりは高齢者向け宅配弁当の配食事業者が増えているんです。新しくオープンしたお店もありますし、病院や介護施設に付帯しているところもあります。」
筆 者 「そういう事業者さんにアプローチすると良さそうですね。お惣菜にするなら多少形が悪くても、安くておいしい野菜なら喜ばれそうです。」
Mさん 「でも、何のツテもない配食屋さんに営業をかけるのか・・・、できるかなあ。」
筆 者 「Mさんには法人営業のご経験がないですものね。でも不可能なことではないでしょう。求められる事業だと思えるなら、チャレンジしてみては。」
Mさん 「そうですね。あとは“勝てる”事業にするために何が必要かを考えなければ。」
筆 者 「はい。既存の仕入れ先に何か勝てるところがないと乗り換えてもらえませんから、価格、利便性、品質など、どれかひとつでもいいので、“ウチのいいところはこれです”とお客様にアピールできることを作りましょう。」
3つの要素を揃えたら事業の骨格が出来上がる
今回は「いつまでたっても起業に踏み出せない」という大変よくあるご相談事例を取り上げました。ご自身が「これでは不安があって踏み出せない」と思うプランでは実行に踏み出せません。
今回取り上げた3つの要素“求められること・できること・勝てること”を揃えたら、それが事業の骨格になります。3つ揃えば、自分自身にとっても周囲から見ても、説得力と安心感のあるプランになります。事業の実行に踏み出せないときは、3つのうちどれかが欠けていないか点検してみましょう。
ABOUT執筆者紹介
経営コンサルタント 古市今日子
株式会社 理 代表取締役
経済産業大臣登録 中小企業診断士
外資コンサルティングファームなどで16年間経営支援の経験を積
事業再生に携わるほか、自治体の経営相談員や創業支援施設の経営
中小事業者・起業希望者の経営相談への対応件数は年間約200件