06 May

農業でDXを活用して「儲けを出す」方法とは?

掲載日:2022年05月06日   
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基本的なビジネス構造

農業という業種は耕種、畜産、流通・販売に大別されますが、生産物の種類、生産方法、規模や組織形態など、そのビジネスモデルによって経営のやり方や収益構造に大きな差があります。多様であるゆえに、事業者ごとにその経営課題も様々です。とはいえ、農林水産省「食料・農業・農村及び水産業・水産物に関する意識・意向調査」”農業経営における課題”(平成25年, 複数回答可)では、「農業所得の安定」が課題であるという回答をした人はパネルの80%を超え、その他にも資材コストの低減や販路開拓など、収益性に関するものが多くを占めており、儲けに関する悩みがあることが伺えます。

そこで、農業において「儲けを出す」という観点でDXに取り組む場合の論点について検討していきたいと思います。

経営管理の基本とDXのイメージ

農業のみならず収益事業全般に言えますが、事業で儲けを出す方法は次の2つしかありません。収益を増やすか、費用を減らすか、です。そこで、農業における収益増加や費用低減のためにはどうすれば良いか、具体的な方法論について見ていきたいと思います。

1. 収益増加

収益とは主に売上高を指すと考えて良いと思います。売上高は、農作物の販売量とその販売単価で構成されます(売上高 = 販売量 × 販売単価)。そもそもの生産量については、ヒト不足等により収穫量が制限されているのであれば機械化を検討したり、歩留まりの課題があるのであればセンシング技術を使ったりという改善などがあると思いますが、これらは生産面でのテーマですので割愛し、主に「どうやって付加価値をつけて販売するか」という販売面について言及したいと思います。

さて、この付加価値に関する戦略ですが、平成24年度 食料・農業・農村白書(平成25年6月11日公表)の中では次のように書かれています。

農業を持続的に発展させていくためには、農産物の生産のみならず、農村に由来する様々な地域資源を活用した6次産業化や農商工連携の推進による農産物の加工等を通じた農業の高付加価値化、国産農産物等の輸出促進等を図ることにより、農村地域の雇用の確保と所得の向上を実現していくことが重要です。

この文章の中では、付加価値の源泉は「ものづくり」だけにある訳ではなく、「地域資源を活用」することも重要であるとされています。この地域資源の活用について具体的なビジネスモデルの事例を踏まえながら、経営管理のDXについて考察していきたいと思います。

まずは、D2C(ディー・トゥー・シー:Direct to Consumer の略)です。これは、付加価値をつけた販売の方法で、昨今あらゆる業種において注目されているモデルであり、生産者が生産物を小売業者に販売し、その小売業者が商品を消費者に販売をするという形式ではなく、生産者が直接消費者に販売を行います。販売の方法は主にインターネット経由のことが多く、楽天市場やAmazon マーケットプレイスなどのプラットフォーム経由であったり、自社の通販サイトを用いたりします。

もぎたての野菜をインスタグラムから直接購入できるようにしたり、新米をサブスクリプション(定期購買)で販売したり、オンラインならではの工夫が目を引きますが、都心のマルシェ等での対面販売など多くの方がイメージしやすいモデルも、このD2Cには含まれます。消費者にとっては、生産者との心理的な距離が近く、産地のイメージがしやすく、購買体験そのものに価値を感じられたり、美味しく鮮度の高い品が購買できる手段として価値があったりします。

生産者にとっては、卸売業者や小売業者の中間マージンを飛ばす(その分、生産者である自身の取り分が増える)ことで、高い単価で販売できるという商流としての魅力に加え、通常の小売店のように商品そのものを販売するだけでなく、生産者自身や旬などの季節感、その産地の画像など”農村に由来する様々な地域資源を活用した” 購買体験を価値として付加できることも魅力です。

また、同じような付加価値の高い販売方法の一つに観光農園や農業体験などもあります。消費者の方を産地まで集客するハードルであったり、実際に滞在体験を演出するための建物や設備などの投資、接客用の人件費などが必要になるため、D2Cと比べれば参入障壁は高いと思いますが、一般的な農業のビジネスモデルでは収益化できていない「泊まる」「食べる」「遊ぶ」などのアクティビティに課金できるため、ある程度経営に余力があれば(特にマーケティングに自信があれば)取り組む価値のあるビジネスモデルだと思います。

その他にも地域資源を活用したモデルはあると思いますが、多くの場合で「自分自身の顧客を持つ」という共通点があると思います。この場合の自分とは、事業者としての自社でもありますが、地域や生産者グループなどの場合もあると思います。いずれにしても、小売店など第三者が管理する顧客ではなく、自分自身の顧客です。自分自身の顧客がいる、ということは顧客管理が重要になってきますし、それに基づいたマーケティングがビジネスとしての肝になってきます。では、どのような顧客管理が必要なのでしょうか。自社顧客を持つ農業事業者のための顧客管理というテーマで考えてみます。

1)集客

まず集客面です。自社の顧客を獲得するためには、広告などのマーケティングは必須です。集客のためのマーケティング手法には、マーケットプレイスや予約サイトのように注文数や予約数などの売上数に連動して課金されるもの、Google のリスティング広告のようにクリック数に連動して課金されるもの、地域情報誌や野立看板のように掲載期間に連動して課金されるものなどがあります。また、初期投資が必要なものとそうでないもの、集客効果が把握できるものとそうでないものなどの違いもあります。目的に応じて適切な手段を選択することが必要ですが、当初から目論見通りに進められることは少なく、実際には試行錯誤の連続で改善をしていくことになります。

管理実務においては、どういう目標(広告表示、広告クリック、問い合わせ、会員登録、注文などの件数や金額)に対して、実績がどうなっているのか、という振り返りを定期的に行うことになります。オンライン広告の場合は、基本的に振り返りに必要な情報はすべて取得できますので、エクセル等の表計算ソフトを用いて集計可能です。

オフラインの広告(雑誌や野立看板)は効果測定が難しい場合が多く、オンライン広告である程度の試行錯誤により集客戦略としての勝ち筋が見えた上でオフライン広告に投資するという判断も多いように思います。オンライン広告はそれを専業で受託する事業者もたくさんいますので、不慣れなうちは積極的に活用されると良いと思います。

2)決済

次に実際の取引における決済や契約の面です。対面(オフライン)の場合と、オンラインの場合があります。対面の場合は、クラウドPOSレジなどの販売管理システムが必須になってきます。オンラインの場合はSTORES や BASE などのショップカートを使うか、自社で独自に構築するかです(殆どの方は、簡易でありつつも必要十分なショップカートを使うと思います)。販売管理システムを使うことで、購買履歴データ(いつ、だれが、なにを、いくらで、いくつ買ったか)を取得できることに加え、前述の集客の成果との紐付けもできるようになります。農産物は在庫数や賞味期限の管理も必要なケースが多いと思いますので、このような小売業的な管理に適したプランを選ぶと良いと思います。

また、自社顧客の多くは最終消費者ですので、消費税についても検討が必要です。消費者に食品を販売する場合には消費税8%(軽減税率)になり、通常の消費税10%(標準税率)とは異なります。また、観光農園等の場合は、1回のお会計の中にも食品(軽減税率)と細工品などの食品以外の10%(標準税率)が含まれるでしょうし、まったく同じ商品でもイートインなのか、テイクアウトなのかで税率が変わるものもあります。食品のネット通販の送料は、販売価格の表示が送料込みの場合は消費税8%(軽減税率)となりますが、送料別の場合の送料部分は消費税10%(標準税率)です。

一般的なクラウドPOSレジやショップカートは軽減税率にはすべて対応できており、システム的には特に問題は生じないと思いますが、商品データとしての正確性を担保するためにも、商品データの税率登録に際しては顧問税理士へご相談の上で行うと良いと思います。

さらに、これら消費税対応の煩雑さに加え、消費者向けビジネスは決済手段の多様化にも対応しなければなりません。現金、クレジットカード、更にはPayPayなどのQRコード、Suicaなどの交通系、d払いなどのキャリア決済、場合によってはUber Eats なども利用することになるでしょう。導入するすべての決済手段ごとに契約をすると管理が煩雑になり、また、レジ周りが決済端末でごちゃごちゃしますので、複数の決済手段を取りまとめてくれる 楽天ペイや StarPayなどのサービスをうまくご活用ください。

なお、決済サービスによって連携できるレシートプリンタが異なります。先ずは現行の会計ソフトとの相性からクラウドPOSレジを選び、そのレジに対応するプリンタ、その後にそのレジとプリンタに対応する決済サービスを選ぶ、という順番が良いと思います。会計ソフトを考慮しなくて良い場合は、利用したい決済サービスからクラウドPOSレジを選ぶ方法もあります。これらは農業に限らず、すべてB2Cの販売に関するものですが、従来からの卸売業者や小売業者に対する販売(いわゆるB2B)においても、今後のインボイス制度への対応を考えれば、販売王などの販売管理ソフトの導入も検討すべき時期だと思います。

自社顧客を持つようにすると、決済関係は論点が多くなります。仕事の効率を落とさないためにも、「どうすればデータで一元的に管理できるか」という観点が大切になります。経理的にデータで一元化されていれば、後工程の会計業務(仕訳入力等)も自動化できますので、経理や会計の作業者を増員することなく対応できると思います。

2. 費用低減

農業の場合、主たる費用は製造原価に含まれる材料費・労務費・経費であり、売上に対して60-80%を占めています(政策によって、粗利ベースでの赤字を補填する補助金や交付金の給付を受ける場合を除きます)。そして、儲かっている事業者とそうでない事業者では、同じ規模の売上高であっても製造原価に10%程度の差が見られます。

儲かっていない事業者の場合、会計的には、役員や事業主の給料や地代、減価償却費などの固定費を賄えるだけの粗利益(売上高から製造原価を差し引いたもの)が出ていない、という状態として月次試算表や決算書に現れていることが多く、要は効率よく生産できていない、という状態と言えます。ここではそのような製造原価に問題がある場合を前提に、どのようなプロセスで解決をしていくのか、について考えていきたいと思います。

1)原価が高いという事実を把握する

当然ですが、まずは原価が高いという事実を把握することから始まります。ここで重要になるのが、”高い”という相対的な表現の基準値です。「原価が高い」という状態は、何に対して「高い」のでしょうか。一般的には予算や事業計画との比較や、前年同月などの過去の実績との比較、同規模同業者との比較などです。何と比較すれば経営状況を図ることができるのか、ということは事前に検討をしておくと良いと思います。「早期経営改善計画策定支援事業(通称 ポストコロナ持続的発展計画事業)」などの制度を利用して、認定支援機関の支援を受けながら計画を策定することもできます。

次に実際の原価を把握します。原価とは会計的な概念ですので、原価が高いという事実は会計ソフトの中で把握可能です。現代の会計ソフトのほとんどは、経理で利用するツール類(クレジットカードやネットバンキングなど)を会計ソフトに同期しておけば、ほぼ自動的に仕訳処理を行うことができ、原価の集計は自動化できます。

この自動的に仕訳処理を行う機能は、基本的に取引先の名称で勘定科目に紐付けをする仕様になっています。例えば、取引先がSoftbank なら通信費、Amazonなら消耗品費、という具合です。新しい取引先があまり増えないという特徴がある農業事業者の場合、一度会計ソフトの初期設定をしてしまえば以降は継続して自動で処理が行われるため、効率の良い処理が実現できます。

現金支出や紙の通帳の場合はこれらの効率の良い処理は難しいため、まずはクレジットカードやネットバンキングなど、取引の履歴がデータで取得可能なものへと変更することをおすすめします。借入金や得意先からの入金等の関係からメインバンクを変更しにくい、ネットバンキングの利用料を割高に感じる、というようなご事情がある場合でも、借入金返済や入金の口座はそのままで、支払口座だけをネットバンキングに変更すればよく、利用料もネット専業系の銀行(paypay銀行、セブンネット銀行、楽天銀行など)なら基本的に無料ですので、気軽に変更ができると思います。大切なことは原価を正しく、しかも効率的に把握する、ということです。

なお、ある程度の規模で農業をされている場合、儲けを把握するためには毎月の棚卸を適切に行う必要が出てきます。棚卸とは資金移動を伴わない会計独特の概念であるため、クレジットカードやネットバンキングなどの経理的な改善だけで、効率や正確性を向上させることは不可能です。生産管理系のシステムを用いて、作業の進捗を把握して計上することをお勧めします。棚卸の考え方や計算方法については、税法上の取り扱いに関する考慮も必要ですので、税理士に相談をいただくと良いと思います。

2)なぜ原価が高いのか、分析する

会計で把握可能な範囲は、「特定の勘定科目が、特定の期間において高い」という事実までであり、その原因には及びません。医療の診断で言えば、胃が悪い、肺が悪い、というおおよその検討がついている状態です。おおよその部位が特定できた上で、具体的な問題箇所の精密検査をしていきます。原価の高さの原因を探るには、その勘定科目の中身を構成する作業の履歴が必要です。つまり、いつ、どの圃場で、どの工程に、どの程度の資源(ヒト・モノ・カネ)を投下したのか、という事実です。

例えば、特定の日付において機械の故障が起きていたとか、未熟な作業者が投下されていたとか、肥料の減耗があったという記録があることで、原価が高いことの原因を振り返ることができるようになります。これらは日々記録すべきものであるということは言うまでもありませんが、なかなか徹底できないものです。

生産管理系のシステムを用いて効率よく実施すると良いと思います。紙のノートで行っているケースもありますが、紙は検索性能が著しく低いため、上記のような業務プロセスで問題箇所の特定に利用する場合には、十分な効率や精度が得られないと思います。ソリマチの農業日誌のような比較的安価なソフトから始めてみて、ご自身の営農類型や経営スタイルに適したものを選んで頂くと良いと思います。

3)原価を下げるための活動を行う

原価が高いという事実、そしてその原因が特定できれば、改善を行います。材料の無駄をどう減らすか、仕入れのロットを変えて安く調達できないか、相見積もりをとって安くならないか、など、色々と検討の余地はあると思いますが、ここでは、これらの改善をどのように確実に実行していくか、という経営的な論点として触れていきたいと思います。

現実問題として、これらの改善には一定の時間やお金がかかり、またその効果は一様ではなく、ある程度の優先順位がつけられるべきものが多いという特徴があります。思いついたものから総当り的にトライするのではなく、重要性や緊急性が高いものから順に着手することが望ましいと思います。

また、着手する際には、いつまでに、どの程度の成果を出す予定なのか、そのためにどういうマイルストーンを設定し、どのような予算や体制で取り組むのかという予定を立てること、そして定期的にその予定を振り返るという仕組みが大切です。これらは「タスクブレイクダウン」とか、「ワークブレイクダウンシート(WBS)」という図表としてまとめる技法がありますので、参考にしていただくと良いと思います。

ワークブレイクダウンシート(WBS)の例

(改善プロジェクトのWBSの例)

なお、原価を下げるための活動は、原価低減活動とか、VA (Value Analysis:価値分析)や VE (Value Engineering:価値工学) と呼ばれ、コスト戦略の重要なポジションを占めています。製造業では、原価を下げるための具体的な切り口(現地調達、歩留まり改善、買い方改善など)に対する研究が相当に進んでおり、この活動の成果を成長の基盤としている企業の代表例がトヨタ自動車ですが、同社ではこの原価低減活動の積み上げが年間1兆円もの利益を構成するようになっています。関連書籍も多数ありますので、是非参考にしてみてください。

まとめ

今回は、儲けを出すための経営的な論点で農業のDXについてまとめてみました。従来から多くの事業者の方が取り組んでいるコスト戦略以外にも、付加価値をつけた販売という戦略が重要になってきている局面だと思います。その他にも、本レポートでは割愛しましたが、ドローンやセンシング技術の活用でより高精度な生産を実現するような戦略も重要性が増してきている業界です。様々な展望が描ける業界ではありますが、まずは経営管理を最適化し、儲けが出せる状態にすることから初めて頂くのはいかがでしょうか。

ABOUT執筆者紹介

小泉直哉

株式会社ミッドランドITソリューション 取締役
一般社団法人 日本業務効率・情報安全研究機構 執行役員

士業事務所のデジタル・トランスフォーメーション(DX)について、事務所個別の最適化だけでなく、全ての事務所が使える理論体系への整理とその活用のための手法を研究・実践している。セキュリティや経理業務の領域等では特許等も複数有している。

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