法改正から3年を迎えた賃金請求権時効延長の現実的影響
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はじめに
2023年4月1日で労働基準法の重要な法改正から3年を迎えました。賃金請求権の消滅時効期間の延長です。従来、賃金請求権の消滅時効期間2年でしたが、2020年4月1日の労働基準法改正により、賃金請求権の消滅時効期間が3年(当分の間の措置であり、将来的には5年)に延長されました。つまり、今日現在において賃金未払いがあった場合、きっちり過去3年間遡って請求される可能性があるということです。
「うちの会社には賃金未払いなどないはず!」と自負されている会社様も多いと思います。
この“賃金未払い”には、給与計算誤りによるものや残業代不足なども含まれます。意図せずして潜在的に賃金未払いが起きてしまっていることも往々にしてありますので、今一度自社の給与計算方針に誤りがないか、再確認していただけたらと思います。
給与計算の基本①「就業規則通りに運用されているか?」
最近、就業規則(給与規程を含みます)の重要度が非常に高まっているのを感じます。労務の分野では、キャリアアップ助成金など多くの助成金がありますが、就業規則が規定している通りにきちんと運用されているか、という点をかなり厳格に審査されます。
例えば、資格手当10,000円と記載されているなら、5,000円でも、15,000円でもなく、規定通りにきちんと10,000円支払われていないとそれだけで不支給になったりすることもあるのです。つまり、法令遵守であることはもちろんですが、社内の法律である“就業規則”の内容と実際の支払い額との間に不備があった場合、企業には支払い義務を発生するのです。
この点では、よく言われるところで、うちの会社は10人未満の会社だから就業規則は作らなくていい、と考えている会社様も多くいらっしゃいます。労働基準監督署への提出義務という意味では確かにそうなのですが、1人でも従業員様がいるのであれば、就業規則はきちんと備えておいた方がよいです。
助成金申請には10人未満であっても就業規則が求められることは多いですし、行き当たりばったりでなんとなく適当に手当を付け始めてしまうと、いざ就業規則を作ろうと思った時に不整合が発生してしまい、その時点で従業員様の手当を動かさなければならないことが発生するからです。
今一度、就業規則の給与に関する規定の内容と給与の支払い状況とがきちんと整合性が取れているかご確認ください。
給与計算の基本②「残業代単価は適正か?」
これも就業規則の記載内容に及ぶ話です。残業代の計算する際、必ず必要なのは年間休日を特定することです。
年間休日が決まると、年間の総労働日数が決まります。年間の総労働日数が決まると、年間の総労働時間が決まります。それを12か月で割ると、1か月あたりの平均的な労働時間が割り出せます。これを「月平均所定労働時間」といいます。この数字を統一的に残業単価を弾き出す時の分母に使うのです。
なんとなく20日とか、21日とかを×8時間をして分母を弾き出してしまっているケースも見かけますが、実はそれは正確ではなく、ここの分母の数字が少なくなると、残業代単価が上がってしまうのです。その部分が潜在的に残業代不足を引き起こしてしまうというケースです。その為、年間休日がきちんと法定通りに足りているかどうかも重要です。
ある会社では、1日8時間の労働で休日を月8日と設定されていました。年間休日96日です。1か月を4週間と見立てて設定されたのでしょうが、2月の28日以外、1か月は4週間を超えます。そうなると、年間休日がそもそも足りていない。残業代計算も合っていない、となるわけです。まずは法令通りの休日日数が足りていることも正しい残業代計算をする上での大前提となります。
もうひとつは、残業代の基礎単価に基本給以外の諸手当も入れているかどうかです。
実は残業代計算の基礎単価から除外してよい手当は決まっていて、私が受験した社労士試験では必ず覚える必須項目となっています。「家族手当」「通勤手当」「別居手当」「子女教育手当」「住宅手当」「臨時に支払われた賃金」「1か月を超える期間ごとに支払われる賃金」については、残業代の基礎単価から外してよいことになっています。(勝つべし!住宅にリーチ!と覚えました。)逆に言うと、それ以外の手当は、必ず残業代基礎単価に入れなければならない、ということです。その取扱いを誤っているだけでも、潜在的に残業代不足が発生してしまいます。
給与計算誤りが発覚するケースあれこれ
給与計算誤りが発覚するケースとしては、以下のケースが考えられます。
① 給与計算担当者や、社労士、税理士が発見するケース
これが一番多いケースかもしれません。初めて社労士が関与して、今までのやり方が違っていたことに初めて気付くケースも多いです。
② 労働基準監督署の調査で指摘されて気づくケース
任意抽出で労働基準監督署の調査というものが定期的に行われています。この際、36協定の提出状況、有給休暇の取得状況、健康診断の実施状況、残業時間の傾向、残業単価の計算が合っているかどうか、などを見られます。労働基準監督署の調査で指摘されると、対象者全員に対して、是正した旨の報告を求められます。状況次第では遡って是正指導されることもあり得ますので注意が必要です。
給与計算誤りが発生してしまったら・・・
上記まで読んできて、「当社でも給与計算の考え方に誤りがあった!」という会社様については、その後の対応に頭を悩ませることでしょう。方法としては、以下の3通りです。
② (過去は振り返らないプラン)気づいた月から正す。過去は振り返らない。
③ (賞与で清算プラン)過去3年間分の不足額は次の賞与の一部充当にさせて清算する。
①ができれば一番よいです。②については、大幅に金額が違っていたりすると、ちゃんと従業員さんに説明しない訳にはいかなかったりします。その時点で結局過去3年間のことに触れざるを得ないことになります。(さりげなく直せればよいですが・・・)③についてですが、賞与だけはきちんと支払っていたとすると、本来は順番が逆です。払うべき手当がきちんと払われ、法令遵守で残業代が正しく計算されているうえで、そのうえで賞与を支払うというのが正しい順番です。ただ、こういった場面では、従業員さんの理解を得られれば、賞与支給のタイミングで残業代精算に一部充当する方法もできなくはない方法であるかと思います。
最後に
以上のように、正しい給与計算をする為にはかなり専門的な知識も求められ、筆者も何度となくいろんな失敗の経験も繰り返しながら、ここまでやってきたところがあります。改めて就業規則の内容を見直していただき、そこにきちんと給与計算の根拠を書いておく、そしてきちんと運用する、という視点で、就業規則の重要性を見直していただけたらと思います。
法令遵守の体制は今までにも増して厳しく見られるようになってきています。本記事を参考に、会社と従業員さんがお互いに気持ちよく働ける関係を作っていただけたらと思います。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ABOUT執筆者紹介
中山卓
社会保険労務士 キャリアコンサルタント 社会福祉士 保育士
社会保険労務士法人オフィスALPACA 代表社員
株式会社エンパワーメント・ジャパン 代表取締役
一般社団法人さくらキャンプ 代表理事
静岡県三島市出身。静岡県東部の会計事務所にて、主に福祉関係の顧問先を数多く担当。2013年より障害福祉事業に特化した社会保険労務士事務所として独立開業し、北は北海道、西は九州まで、オンラインと対面によるサポート体制により、全国の顧問先約200社超。2017年より放課後等デイサービス『さくらキャンプ』を立ち上げ、発達に課題を抱える児童の通所支援事業にも携わる。また、社会保険労務士による日本初の法律系ロックバンドWORKERS!のリーダーとしても活動中。「ロックで伝える社会保険」をテーマに社会保険、労働法をわかりやすく伝えるための活動を行っている。
社労士バンドWORKERS!と弁護士倉重公太朗氏と法政大学キャリアデザイン学部松浦ゼミの学生たちとのコラボ企画により「キャリア自律の歌 制作プロジェクト」が目下進行中。現在、法政大学大学院キャリアデザイン学研究科在学中。
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社労士バンドWORKERS! オフィシャルWEBサイト
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