年次報告書等を活用してステークホルダーとの関係を強化する方法
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近年、NPO法人を取り巻く社会環境は大きく変化しており、透明性や説明責任に対する社会からの期待はますます高まっています。これまで所轄庁に提出する事業報告書が中心だった情報開示において、近年では寄付者やボランティア、地域住民、企業、行政関係者といった多様なステークホルダーに向けた、自主的で積極的な情報発信が求められるようになりました。
その手段として注目されているのが、アニュアルレポートやステークホルダー向け報告書の作成です。形式や名称は様々ですので、この記事では関係者に対する事業報告を総称して「年次報告書等」と記載します。この年次報告書等は組織の活動成果や理念、将来ビジョンを伝えるツールとして機能し、NPO法人の信頼性やブランド価値を高める重要な役割を担っています。
今回は、年次報告書等を作成する際の基本的な考え方から、実務上の留意点、そして実践的な構成の工夫までを解説します。
法律で求められる情報開示
全てのNPO法人は、特定非営利活動促進法28条に基づき、毎事業年度終了後3ヶ月以内に所轄庁へ提出すべき事業報告書等があります。具体的には、事業報告書、計算書類(=活動計算書、貸借対照表、個別注記表)、財産目録、役員名簿、社員のうち10人以上の者の名簿がこれに含まれます。
これらの書類は公開されるため、情報を必要とする人が自由に閲覧することができます。 しかし、閲覧者が内閣府のホームページなどの公開システムを通じて閲覧することになるため、NPO法人自身が積極的に発信しない限り、ステークホルダーに広く情報を届けることはできません。
任意の情報開示がもたらすメリット
法定開示資料ではステークホルダーに十分な情報を届けることができないため、任意に開示資料を作成し公開・配布することもNPO法人の運営において重要です。実際に多くのNPO法人が年次報告書等を作成し、社員や寄付者などに配布しています。
年次報告書等を作成することには複数のメリットがあります。最も重要なのが、資金調達における優位性です。多くの寄付者は、自身の寄付がどのように活用されているかを重要視しています。年次報告書等によって、資金の使途と成果を明確に伝えることができれば、資金提供者に安心感と信頼感を与え、継続的な支援につながります。
次に、地域住民との信頼関係の構築という点も見逃せません。開示された情報を通じて組織の透明性やガバナンスが伝われば、地域企業との事業提携や地域での事業展開が円滑になる可能性が高まります。
さらに、報告書の作成過程そのものが、組織内の情報整理や業務改善の契機となるケースもあります。成果の可視化を通じて職員のモチベーションが向上したり、組織の方向性を再確認したりすることで、組織アイデンティティの明確化にもつながります。
年次報告書等に盛り込む内容は事業活動の内容や成果、将来の事業計画、財務報告、理事構成やガバナンス体制、内部統制の取り組みなど団体により様々です。ステークホルダーが関心を持つ内容を盛り込むことが重要です。
伝わる報告書はどのようなものか
効果的な報告書に共通する特徴は、見やすく、分かりやすく、かつ共感を呼ぶ構成にあります。例えば、財務情報に関しては、活動計算書や貸借対照表をそのまま掲載するのではなく、収入の構成割合や支出の内訳をグラフ化するなど、視覚的に整理する工夫が必要です。たとえば、助成金や寄付金、事業収入などの収入源を円グラフで示し、支出についても人件費、事業費、管理費などをカテゴリ別に図示することで、多くのステークホルダーから理解されやすくなります。
事業内容や成果については、KPI(重要業績評価指標)を活用し、活動実績を定量的に示すことが重要です。単なる活動回数だけでなく、「研修参加者の満足度」「支援先企業の男性社員の育休取得率」「相談件数の前年対比」といった成果指標を取り入れることで、活動の社会的インパクトがより伝わります。
また、受益者の声や活動現場の事例を紹介することも報告書の魅力を高める要素です。数値だけでは伝わらない現場の声や出来事を読者に伝えるために、写真やコメント、具体的なエピソードを盛り込むと、読み手の共感を引き出しやすくなります。
実務面でのポイントと工夫
年次報告書の作成は一時的な作業ではなく、年間を通じた情報収集と準備が求められます。責任者と担当者を明確にし、理事会の承認スケジュールも含めた年間計画を立てることで、スムーズな進行が可能になります。小規模なNPO法人では、職員だけで作成するのではなく、ボランティアの協力を得ることも一つの方法です。
また、日常的な情報収集体制を整えておくことが、年度末の作業負担を軽減します。月次や四半期ごとの活動実績を定期的に記録・整理しておくことで、報告書作成時に情報がスムーズに揃い、内容の正確性や一貫性も保たれます。
さらに、報告書のデザインや表現にも工夫が求められます。専門用語や難解な言い回しを避け、誰が読んでも理解できる平易な言葉を選ぶことが基本です。ページ構成やフォント、配色なども含めて、視覚的な印象を大切にしたレイアウトが望ましいでしょう。
最近では生成AIを活用してグラフ作成や報告書のデザインのベースを作成することもできるようになり、専門的な知識がなくても一定レベルのデザインを作成できるようになっています。
まとめ
年次報告書等は、単なる情報開示を超え、組織の存在意義や活動の価値を社会に伝えるための重要なコミュニケーションツールです。継続的に寄付による資金調達をしている団体ではほぼ全ての団体が年次報告書等を活用しています。
既に寄付を受け入れている団体はもちろんですが、今後資金調達の幅を広げることを検討している団体においても年次報告書の作成は重要になります。
ABOUT執筆者紹介
税理士
1級ファイナンシャルプランニング技能士
金子尚弘
名古屋市内の会計事務所勤務を経て2018年に独立開業。NPOなどの非営利組織やソーシャルビジネスを行う事業者へも積極的に関与している。また、クラウドツールを活用した業務効率化のコンサルティングも行っている。節税よりもキャッシュの安定化を重視し、過度な節税提案ではなく、資金繰りを安定させる目線でのアドバイスに力を入れている。ブログやSNSでの情報発信のほか、中日新聞、日経WOMAN、テレビ朝日(AbemaPrime)などで取材、コメント提供の実績がある。