結局のところどうなるの?フードデリバリーUberEats配達員をはじめとした「ギグワーカー」と「インボイス」
税務ニュース
海外ではお馴染みのインボイス
令和5年10月1日よりインボイス制度がスタートします。これ以降は、適格請求書(インボイス)を発行して貰えないと、消費税の確定申告をしている事業者が不利益となる場合が生じます。ここで、不利益となる事業者は大規模な買い手・発注者であることが多く、インボイスを発行できない事業者は売り手・下請けのうち小規模な事業者となることから、そのパワーバランスにより小規模な事業者の事業存続について不安の声が上がっています。
現在、フードデリバリー配達員をはじめとしたギグワーカーの多くが、この小規模な事業者(消費税法上の免税事業者)に当たることがほとんどである為、様々な不安が飛び交う状況にあります。代表的なところを挙げてみますと、免税事業者へのオファーは減らされるのか、インボイスの発行できる事業者(課税事業者)になることを強制されるのか、報酬が減らされるのか、いくらの消費税を納付することになるのか、免税事業者であり続けるのは損なのか等があります。そして、これらの不安に、誤解、噂などが織り混ざり、実に混沌とした状況となっております。
そんな折、少々海外に目を向けてみますと、実は先進国の中では日本だけが、インボイス制度を導入していません。そうしますと、インボイス導入済の国での状況が参考になるかも知れないという予想が出来ます。そこで今回は、フードデリバリー国内大手であるUberEatsについて、英国の事例を手がかりに、日本のインボイス制度導入後を考えてみたいと思います。そして、国内大手の対応に他社も追従するとすれば、UberEats以外で稼働されている方々にとっても同じ様に考えることが出来るでしょう。また、他のギグワーカーについても今回の予想と試算を参考にして頂けると思います。
なお、本稿では、税制上の名称などについて、文章が複雑になるのを避けるため、厳密さよりも理解しやすさを優先して表現します。
実はインボイス制度対応済のUberEats
まず、英国の消費税制(正確にはvalue added tax)では、日本で言うところの課税事業者でなければ請求書において消費税を請求できないとされており、課税事業者は「本体価格+消費税」免税事業者は「本体価格」の請求をすることになります。また、英国のUberEatsのシステムでも日本と同様に、UberEatsが配達員からレストランに宛てた請求書を代理発行しているようです。これらの事情によると、英国のUberEatsは各配達員が課税事業者なのか免税事業者なのかを把握しなければ、正確な請求書の代理発行が出来ません。そこで、英国のUberEatsは、配達員に各自のプロファイルにおいて自身が課税事業者か免税事業者かの区別を登録するように案内しています。
これらの事実は、些細なことの様に感じますが、UberEatsという国際企業が既に各配達員に課税事業者かどうかを登録させて、それに応じてレストランへの請求額に消費税を加算するかしないかを選択出来るシステムを構築し運用していることを表わしています。ちなみに、日本のUberEatsも以前から配達員のプロファイル登録ページ内に、配達員が課税事業者であることを登録するページまでは構築されています。
日本ではどう出るかUberEats
それでは日本ではどの様な対応が図られるでしょうか。考えられる対応は3通りあります。
① 課税事業者、免税事業者ともに消費税を加算した配達報酬とする。
② 課税事業者、免税事業者ともに本体価格のみの配達報酬とする。
③ 課税事業者には消費税を加算し、免税事業者には本体価格のみの配達報酬とする。
それでは、それぞれについて考えてみます。①は、レストラン側が免税事業者から請求された消費税を負担することとなり、レストラン側に不利となります。②は、全ての配達員の報酬が減額になり全ての配達員にとって不利であり、特に報酬減の上に消費税納付が生じる課税事業者の配達員に大変不利となります。③は、報酬が減額となる免税事業者の配達員に不利となります。
結局、誰かが不利となる訳ですが、③のケースであれば、日本の消費税の制度設計に沿っている様に見えることからUberEatsの側から主張しやすく、そのためのシステムも既に持っているので、実現性が高いと考えられます。そうしますと、現在免税事業者である配達員には、課税事業者となるか免税事業者のままでいるかの選択をする必要が生じるかも知れません。
配達員の負担はいくら増えるのか
では、現在免税事業者である配達員が、課税事業者に変更した場合および免税事業者のままでいる場合でどれだけの負担増となるのか考えてみます。
課税事業者となる場合
表1「年間配達報酬別消費税納付額(概算)」
単位:円
まずは、課税事業者となる場合についてです。課税事業者には消費税を確定申告し納付する義務が生じますので、それが負担増の主な要因となります。これを年間の配達報酬の水準別に計算すると表1の様になります。およそ報酬として受取った金額の10/110が売上に含まれる消費税で、これの50%が納付額です。消費税だけでなく所得税や住民税も考えますと、消費税の納付額が必要経費に算入できますので、最終的には納付する消費税額に対して報酬の低いケースで90%程度、高いケースで80%程度が税金の負担増となりそうです。但し、消費税の確定申告がありますので、申告作業により稼働できない日ができたり、税理士に申告代行を依頼する場合にはその報酬も負担増となります。
免税事業者のままでいる場合
表2「年間配達報酬別収入減少額」
単位:円
続いて、免税事業者のままでいる場合についてです。免税事業者の場合には、新たにお金が出ていくタイプの負担増ではなく、従来よりも配達報酬が減額されることによる収入の減少が負担となります。それを年間の配達報酬の水準別に計算したものが表2です。従来、消費税分として受取っていた金額がそのまま収入減となります。こちらのケースでも、報酬の減少は所得税や住民税の減少を生じますので、収入減に対して80~90%が最終的な負担増となります。
まとめ
本稿では、課税事業者には税込、免税事業者には税抜の配達報酬が支払われるケースを予想して、その影響額を試算してみました。これらの計算結果によると、現在免税事業者の配達員は、課税事業者を選択する方が税務上の不利益を小さく済ませられるという意味で「マシである」と言えます。ただし、実際に課税事業者へ変更するか否かには、これら金額のほかに申告作業や税理士報酬といったコストも考慮する必要があります。そうしますと、年間配達報酬が高額になるほど課税事業者となるインセンティブが強く働くことになり、他方、年間配達報酬が少ない配達員にとっては免税事業者のままでいる方が良い、あるいは、課税事業者にはなれないという事態が生じると思われます。
ABOUT執筆者紹介
税理士 柳下治人
柳下治人税理士事務所
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1978年埼玉県生まれ
明治学院大学経済学部 卒業
日本大学大学院経済学研究科修士課程 修了
税理士事務所勤務を経て柳下治人税理士事務所を設立
中小企業の経理、税務、経営のサポートやセミナー講師を手がけている。また、外国籍経営者やギグワーカーとも深く関わりを持ち、YouTubeにて「yagishitax税理士チャンネル」を運営し、UberEatsなどの配達員に必要な経理、申告のHowTo動画など税金にまつわる情報を公開している。
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