クリニックが今取り組むべきDXとは?収益プロセスと人件費プロセスの重要性
税務ニュース
新型コロナ・ウイルス感染症のパンデミック以降、我が国のクリニック(無床診療所)は、コロナ対策が徹底されたことで季節性感染症や風邪の発生が例年に比べて大幅に減少したことが響いたり、学校の休校や部活動の自粛でスポーツでのケガによる受診が減ったほか、外出自粛の影響で交通事故などによる外傷の受診も減少しています。結果的に、帝国データバンクが示しているように、実に8割のクリニックがコロナ前に比べて減収しているようです。
また、従来から問題視されている通り、2021年2月5日の医療制度改革関連法案の決定による2025年からの後期高齢者の医療費窓口負担の増加に端を発し、全世代の患者さんの医療費負担の増加→家計負担の増加→受診控え→クリニックの減収という予測される負のスパイラル(いわゆる2025年問題)への対応が急がれています。
今回はそのような環境変化において、クリニックがどのようにDXを試みるべきか、検討していきたいと思います。
クリニックの基本的なビジネス
はじめに、クリニックの基本的なビジネスプロセスについて整理をしておきます。クリニックは、診療科や医薬処方の有無などの個別差はあるものの、基本的にはドクターやスタッフさんの人件費を投下して患者さんに診療サービスを提供することで医業収益を上げる、というビジネスモデルです。そのため、主なプロセスとして、予約をし、診療を受け、請求・決済を行うという収益のプロセスと、診療サービスを提供し収益を上げるために採用し、勤怠や休暇等の届け出を管理し、給与を支払うという人件費のプロセスがあります。また、そこで生じた収益や費用を会計によって期間対応させ、得られる情報に基づいて意思決定等を行う経営のプロセスもあります。図示したものがこちらです。
※上図の中の「会計」は、患者さんから診療報酬を受け取る行為としての「お会計」ではなく、収益と費用の期間対応を図る行為を指します。
続いて、上記の各プロセスや、それに内包される一つずつの活動に、現在どのようなシステムが使われ、どう働いているのか、整理してみたいと思います。
収益のプロセス
まず、収益のプロセスです。ここで使用されるシステムの多くは集客や予約、お会計や顧客管理に関するもので、一見すると飲食業や小売業とあまり大きな差はありません。しかし、医業においては顧客管理が非常に重要であり、要は基幹となる電子カルテを中心に、どのようにICTの配置を設計していくのか、という点に特徴があります。
例えば、専門性や経験に差がある2名のドクターがいるクリニックに対して患者さんがウェブ予約をしようとする場合、その希望する診療内容によって患者さんに提示すべき予約可能時間のカレンダーが異なります。例えば、初診の場合で、虫歯治療ならA先生 または B先生のいずれでも可、審美ならA先生、矯正ならB先生などであったり、再診の場合は診療内容に関わらず担当ドクターのカレンダーを表示、という具合です。これらはカルテと予約が連携していることで初めて可能になる方法です。
さらに、電子カルテを中心とした確固たる顧客情報を有していることで、マーケティング・オートメーション・ツール(MAツール)などと連携して、患者さん一人ひとりの状況に合わせた個別メールの配信を行っているクリニックも増えてきています。特に、美容整形や審美歯科など高額な自費診療は、患者さんの意思決定に一定の時間がかかる場合が多く、関係性を育む期間が必要なため、自動でのメール配信が有効なのです。
お会計においても、スマレジなど、レセコンと連携可能な安価なクラウド型POSレジを用いることで、カルテが適切に記録されていればそのまま決済することが可能になります。
しかしながら、実際には上記のような働き方になっているクリニックはまだ少数であり、多くは電話や対面で予約を取ったり、カルテも電子カルテではなかったり(電子カルテであっても予約等と連携していなかったり)、保険診療以外の診療を自力で集客し販売するところまで到達していなかったりしています。収益のプロセスが一元化していないことの影響については、後ほど経営のプロセスで解説します。
人件費のプロセス
続いて人件費のプロセスです。ここで利用されるシステムの多くも飲食業や小売業と似ていて、シフトを管理し、その実績を勤怠として記録したり、シフトや実績を各種の届け出や申請によって変更するようなものです。飲食業や小売業との違いは、クリニックは正規雇用の比率が50%以上と高いことで(飲食業や小売は10%前後)、有休休暇や残業代の支給対象となるような働き方のスタッフが多いため、より精緻な管理や制度設計が要求されるという点です。飲食業や小売業においては管理や制度設計の重要度が低いという意味ではなく、正社員の構成比が高くなることで有給休暇の対象となる割合が高くなり、残業代の計算においても週や月の所定労働時間との差分計算をしなければならない社員数が多くなることで、単純に一日単位の出勤・退勤の時間管理では済まなくなる、ということです。
働き方改革関連法案における有給休暇の取得日数管理の義務化によって、入社手続や勤怠管理のデジタル化が進んだ側面はありますが、人事労務ソフトを提供するJinjer 株式会社が2016年時点で行ったインターネットリサーチでは、紙の出勤簿や紙のタイムカードを利用している会社調査対象のうち45%もあり、現在でもクリニックを含む多くの小規模事業者でアナログな管理が残っています。
また、入社手続きや勤怠管理、給与計算という各プロセスは、労働法などに基づく一定の要件があるにも関わらず、その要件を満たした制度設計ができていないことも多いようです。この点は、収益のプロセスはクリニックの経営者であるドクターの専門領域であることもあり、また医業経営者を支援してくれる業者が多い一方で、人件費のプロセスは経営者も詳しくなく、また事業規模的に社労士の関与がないなどで専門家の支援を受けられていないことが原因で起きているのではないかと思います。
クリニックの税務会計業務を受託している会計事務所では「給与計算」という業務を請け負っていることも多く、その内には勤怠管理(特に労働時間の集計)や、時には入社手続きも含むことがあります。しかし、会計事務所の職員が、必ずしも勤怠管理や給与計算を正しく理解した上で業務に従事している訳ではなく、設計の不備による計算ミスが生じていたり、それによる民法上の損害賠償責任すら負っていることもあります。
なお、請求・決済の業務とその残高の管理が経理という職務であることを考えると、給与計算業務というのは経理代行に属すサービスの一種であり、記帳代行に属すものではありません。給与計算・決済の前には勤怠管理があり、勤怠管理の前工程にはシフトの計画や、雇用契約というプロセスがあります。要は、顧問先とその顧客の間の取引において、基本契約書や受注伝票や納品書という書類を見ながら請求書を発行していることと同義です。つまり、社外の人間が行うことが難しい業務であって、依頼するクリニック側も、請け負う会計事務所側も、その当たりを理解した上で取引を行うとよいのではないでしょうか。
※民法における債権の認識も、上記の2プロセスは基本的に対応していると思います。
そのように難度の高い人件費のプロセスも、しっかりとした制度設計(就業規則や運用ルールなど)と一定のシステムがあれば安全に運用することができます。例えば、ソリマチが提供する給料王では勤怠管理以外の機能は有しているため、シフト作成・勤怠打刻・届出関係の管理ができるシステムと組み合わせることで実装できます。しかしながら、スタッフさんの働き方の多様性が高かったり、有休の残日数の管理が煩雑であったりする場合は、シフト作成・勤怠管理・給与計算とが一気通貫で利用できるシステムの検討もできるかと思います。
このあたりは事業所ごとに事情が異なりますので、会計事務所や社会保険労務士事務所などの専門家に相談の上で個別の検討が必要だと思います。これらのプロセスはミスが起きやすいものであることは事実ですので、いずれにしてもしっかりとした設計と設定に基づくデジタル化が推奨される領域です。こちらも患者さんのプロセス同様に、デジタル化による一元化が図れていない場合の影響は、次項の経営のプロセスで解説します。
経営のプロセス
説明する範囲における最後のプロセスです。冒頭に述べたように、これからの時代のクリニック経営は、従来よりも利益を残すことが難しくなっていきます。そのため、収益の拡大や費用の削減などの一般的な経営の機能に対する要求が、より一層強くなるでしょう。経営者としては、なぜ儲かっているのか、そうでないのか、という儲けの因果関係をいかに具体的に捕捉するか、ということが重要になります。その際にここまでに記載してきた、デジタル化による一元化が強く影響します。
ここでも、収益のプロセスと人件費のプロセスとに分けて考えてみます。
収益のプロセス
クリニックの収益は、医業収益 = 患者数 × 診療単価 と表現されますから、どうすれば収益を拡大できるのか、という議題の場合、概して、以下のような論点に整理できるのではないでしょうか。
(一般的に、クリニック業界で用いられる新患や再診などの用語は、通常の事業会社が用いるものと異なり業界独特のものですが、ここでは通常のビジネス用語に準じて記載します。)
1. 患者数の論点
- 新規をどう増加させるか
- 新規からどう定着させるか
- 定着からの離脱をどう防ぐか
2. 診療単価の論点
- 手術などの保険点数の高い診療をどう提供するか
- 自費診療をどう提供するか
- 物品や器具等をどう販売するか
これらは、実際の経営者の悩みごととしては、なぜ患者が増加しないのだろう、または定着しないのだろう、どうすれば単価を上げられるのだろう、というものとして表現されるものだと思います。これらの悩みごとに共通することは、少なくとも、今現在どのような状態なのかが分からなければ、解決策を検討することはできない、ということではないでしょうか。つまり、患者数については、時間帯や診療内容との組み合わせで状況を把握したり、診療単価については、クロスセルやアップセルの成功・失敗の事例を把握したりすることなしに、解決することは難しいということです。これらの背景から予約管理システムと電子カルテ、POSレジなど一元化されている状況が要求されてきます。現時点で財務状況の好調なクリニックであったとしても、将来に向けて、むしろ現在の好調なうちから働き方をデジタルなものにシフトしていくことが望ましいと思います。
人件費のプロセス
一般的なクリニックの労働分配率は6割程度であり、主な費用は人件費です。そのため、生産性(特に、一人あたり医業収益 = 医業収益 ÷ 平均従事員数)が重要な指標です。一人あたり医業収益は、スタッフさん1人に2人分の仕事をさせるなど長時間労働をさせれば見せかけは良くなる数値ですが、日本看護協会が発表している「就業継続が可能な看護職の働き方の提案」によると、「勤務間隔は11時間以上あける」「勤務拘束時間13時間以内」「夜勤・交代制勤務者においては時間外労働をなくす」などの条件が安定したスタッフ体制を維持するために重要であって、単に一人あたりの負荷を増やしていくような方法では持続可能な経営は難しいという実態があります。つまり、無理のないシフト計画はできているのか、それに沿った勤務の実態なのか、というシフト計画と勤務実績の予実管理は軽視できない課題です。
また、当然ですが労働時間に人件費単価を掛けたものが給与支給額になるため、スタッフさんの希望している給与額とその実際の支給額の予実管理も軽視できません。これらの様々な予実を一元的に管理しようとすると、入社手続きから勤怠管理システム、給与計算システムをデジタルに一元化していることは必須になってくると思います。患者さんのプロセスと異なり、登場人物の数は少ないためエクセル等を活用して手動でもやれないことはないと思いますが、デジタル化にかかるコストはあまり高くないため、手動でやることの効率面でのメリットは希薄だと思います。積極的にデジタル化を図り、スタッフさんの評価や成長のためにより多くの時間を使うことで、クリニック全体としての価値が高くなっていくのではないでしょうか。
デジタル・トランスフォーメーションの論点
ここまで「デジタル化」というキーワードを使い、クリニックという業種について解説をしてきました。デジタル化によって患者さんやスタッフさんのプロセスが効率よくなるイメージを持っていただけたのではないでしょうか。
しかし、クリニックにおいては、もう一つ進んだ論点があります。それが、DX(デジタル・トランスフォーメーション)です。クリニック業界全体において今後最も重要な変化は、地域で包括的に患者さんを支えていく仕組みを構築していくことだと思います。医療情報連携ネットワークと呼ばれるもので、入院施設のある総合病院と、町のクリニックと、介護やリハビリの施設などが一体のものとして地域を支えていくために、患者さんの情報を共有し、相互に連携していくような仕組みです。各地ですでに推進がされていますが、これに参加していくためには、まずは自身のクリニックにおいて前述のデジタル化を達成していることが必要です。地域の連携が図れることは、患者さんにとってわかり易いメリットがある一方で、クリニックにとっても患者さんとの関係性を強化して「かかりつけ医」としての立場を強化するとともに、総合病院や介護施設等からの紹介が増え、さらには自身のクリニックでは対処できない患者さんを速やかに連携先に紹介できるなどが期待できます。
また、同じようなデータの連携イメージとしては、患者さんが自身で利用するスマートウォッチやスマートフォン内のアプリなどが蓄積した情報を診療に活用するPHR(パーソナル・ヘルス・レコード)があります。スマートウォッチのデータをクリニック側が電子カルテ等で直接閲覧したりできる仕組みであり、血液検査などの対面を前提とした検査が難しいオンライン診療における検査手段としての役割も期待されています。これもクリニック側のデジタル化が図れていることが連携の前提条件です。クリニック側がデジタル化されていなければ、そもそもカルテにこれらのデータを紐付けることもできません。医療機関のデータ連携において、FAXやメールなどの非デジタルなものを媒介させた場合にどれほど煩雑になるかは、このコロナ禍における全数検査の状況などで、多くの方が目にしたのではないかと思います。
このデジタル・トランスフォーメーションの後の世界では、収益モデルも費用モデルも現在のクリニックとは大きく変わっている可能性があります。対面以外の診療方法の選択肢が増えることで収益機会が増えたり、診療圏が広がったり、より価値の高い自費診療等へのご案内が可能になるかもしれません。また、雇い入れる側の事務負担を増やさず、より多様な働き方をするスタッフさんを受け入れることで人手不足を緩和できたり、事務作業そのものに人の手を介さないようなことも可能になるかもしれません。そしてその先では、多くの患者さんが怪我や病気の不安や苦しみから開放され、人生100年を健康に生きていける社会が、より少ない社会的コストで実現するのかもしれません。
まとめ
クリニック業界における、デジタル化と、その先に生じるであろう全体としてのDX について整理してみました。これらの変化の先ではクリニックの働き方やあり方は大きく変わると思います。当然、各クリニック独自の方針やポリシーはあると思いますが、医療という公共性が高い業界であるからこそ、社会全体の潮流から逸脱して独自のモデルを構築していくことは、他業種と比べても著しく困難ではないかと思います。DXにおいては不確定な要素も多分に含むとは思いますが、まずは収益のプロセス、人件費のプロセスという2つの論点についてデジタル化を図ることから取り組んで頂くと良いかと思います。
ABOUT執筆者紹介
小泉直哉
株式会社ミッドランドITソリューション 取締役
一般社団法人 日本業務効率・情報安全研究機構 執行役員
士業事務所のデジタル・トランスフォーメーション(DX)について、事務所個別の最適化だけでなく、全ての事務所が使える理論体系への整理とその活用のための手法を研究・実践している。セキュリティや経理業務の領域等では特許等も複数有している。