経営相談の現場から[シリーズ第7回]「借入先は多い方がいい」って本当ですか?
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筆者は経営コンサルタントとして、日々経営者の方々のお悩みを伺っています。このシリーズは「経営相談の現場から」というテーマで、中小企業経営者や個人事業主の方から実際にあったご相談内容を取り上げます。今回は訪問介護事業所を経営するG社長からいただいた、融資に関するご相談を取り上げます。
今は地元の信用金庫さんから借りています
G社長 「起業して10年目の訪問介護事業所です。5年目のころに地元の信用金庫の方から融資の提案をいただいて、300万円ほど借りました。その信用金庫さんにはその後もコロナ融資や事務所の改装工事費用でお世話になって、今の借入残高は約1500万円です。」
筆 者 「地元の信用金庫さんと良いお付き合いができているのですね。」
G社長 「はい。信金さんのご支援のお陰様で順調に売上を伸ばして、年商5000万円になりました。これからさらにヘルパーを増やして拡大を目指しています。」
筆 者 「拡大にあたっては、さらに資金調達しておきたいところでしょうか。」
G社長 「ええ。さしあたって、人件費や採用の資金として、1000万円ほど追加借入を考えています。ただ、この融資をいつもの信用金庫さんに相談すべきか、新たな金融機関を探すべきか、悩んでいます。経営者仲間から、“借入先はひとつだけでなく複数あるほうがよい”と聞いたものですから。」
借入先を増やすメリット
筆 者 「借入先を増やすと融資の相談先が増えるのがメリットですね。」
G社長 「はい、借入先がひとつしかない状態だと“いざ”というとき断られたらあとがない、と聞きました。そうなってから新しい金融機関を開拓するのはやはり難しいのですか?」
筆 者 「そうですね。金融機関は、過去におつきあいがある事業者に比べると、“初めまして”の事業者からの融資申込には大変慎重になるようです。審査期間も初回は長くなる傾向です。」
G社長 「“いざ”というとき、例えば一時的に資金が足りなくなって“急いで資金調達しなければ”というときに、なじみの金融機関に断られて他に相談先がなかったら、焦りますよね。」
筆 者 「ええ、本当に。その状況で“初めまして”の金融機関に融資を打診するのは大変な負担です。それを踏まえると、もうひとつなじみの借入先があると安心感はありますね。」
一方、借入先を増やすことにはデメリットも
G社長 「そうすると、借入先は多ければ多いほど良いのでしょうか。」
筆 者 「これは専門家でも意見が分かれるところですが、私は“多ければ多いほど良い”とも言えないと思います。仮の話ですが、この先、G社長の経営が悪化して借入金の返済に行き詰まったとします。そういうときの打ち手として、借入金の返済を少し待ってもらう交渉が考えられますが、この交渉は借入先すべてに対して行う必要があります。1行や2行ならまだしも、あまりたくさんの借入先があると交渉が大変難しくなります。」
G社長 「借入先すべてと交渉するのですか?」
筆 者 「はい。あまり知られていないことですが、借入金の返済を止めようと思ったら、すべての借入先に同じ内容で了承してもらう必要があります。金融機関それぞれが“他の金融機関が猶予すると言っているのなら、うちも猶予する”という姿勢を取るからです。どこかひとつでも了承しないところがあると交渉は成立しません。たくさんの借入先があると、この交渉に大変苦労することになります。」
G社長 「それは怖いですね。資金ショート目前の状態で、たくさんの借入先に返済猶予をお願いするだけでも時間がかかって大変なのに、もしひとつでも応じないところがあったら・・・。」
筆 者 「そうでしょう。そういう場面では、借入先が多すぎることが命取りになるかもしれません。G社長の会社は好調ですからそのような事態はなかなか想定しにくいと思いますが、経営者としては最悪の事態まで想定しておくに越したことはないと思います。」
借入先は2つか3つ程度が最適解と言える
G社長との会話をまとめると、
- 借入先がひとつだと、急な資金調達時にはそこだけが頼りになってしまって心もとない
- かといって借入先を増やしすぎると、万が一経営に行き詰まった時、全金融機関との返済猶予の交渉がスムーズに進みにくくなる
…ということになります。したがって、借入先はひとつだけでも多すぎても良くない、つまり2つか3つ程度が最適解と言えるのではないでしょうか。
G社長のように事業拡大にむけて資金調達に取り組む局面は、取引金融機関を増やすチャンスです。ただしその場合も2つか3つ程度までにして、あまり複雑な借入先構成にならないようにすることを頭の片隅に覚えておきましょう。
ABOUT執筆者紹介
経営コンサルタント 古市今日子
株式会社 理 代表取締役
経済産業大臣登録 中小企業診断士
外資コンサルティングファームなどで16年間経営支援の経験を積
事業再生に携わるほか、自治体の経営相談員や創業支援施設の経営
中小事業者・起業希望者の経営相談への対応件数は年間約200件