経営相談の現場から[シリーズ第1回]お店の改修、全部やると予算オーバーです
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筆者は経営コンサルタントとして日々経営者の方々のお悩みを伺っています。このシリーズは「経営相談の現場から」というテーマで、中小企業経営者や個人事業主の方から実際にあったご相談内容を取り上げます。今回は、洋食店を営むA社長から、店舗改修の優先順位のつけ方についてご相談を頂きました。
予算オーバーです
A社長 「国の『小規模事業者持続化補助金』を使って、店舗改修をしたいと思っています。うちの店、すぐそばに大きなマンションが建ってファミリー層の住民が増えたでしょう。それで今、ファミリー向けのメニューを考えているところなんです。これを機に、傷んだ店舗もきれいに直して、新しいお客様をしっかり呼び込めるようにしたいんですよ。」
筆 者 「なるほど、リニューアルに取り組むには良い機会ですね。『小規模事業者持続化補助金』の主旨にもマッチしています。申請して採択されれば改修費用の3分の2、上限50万円まで補助金が受けられますね。申請書類をしっかり作って、ぜひ採択を目指しましょう。ところで具体的にはどういう改修をお考えですか?」
A社長 「それが、創業30年の洋食屋ですからもう気になるところだらけで。看板の汚れは気になるし、床は剥がれているところがある。壁や天井が以前置いていた家具の形に沿って汚れている。照明も暗い。お子様連れのお客様が増えますから、トイレをもっと広くしておむつ交換台を付けたい。それからシャッター。随分前からシャッターの動きが悪くてごまかしながら使ってきたんですが、恥ずかしながらシャッターが完全に上がりきらないまま営業せざるを得ない日もある始末で。」
筆 者 「それは厳しい状態ですね。」
A社長 「ええ。でも問題は予算です。ひとまず気になるところ全部、業者に見積もりを出してもらいました。これが見積書です。全部合わせると400万円になるんですが、今回使えるお金は250万円まででして・・・。50万円の補助金を獲得できたとしても100万円の予算オーバーです。」
筆 者 「予算の問題については、相見積をとって交渉するとか、借入を検討するとか、別の補助金を探すとか、取り組めることはいろいろありますが・・・、それらを検討した上で『今回全ての改修はできない』ということなら、どれを今回やって、どれを次の機会に見送るのか、優先順位をつけて選ばなければなりませんね。」
A社長 「そうなんです。いずれにせよ全部を今回一気にやるのは難しいので、改修箇所を絞りたいのですが、どれも大事な改修なので絞れなくて困っているんです。どうしたものか・・・。頭がまとまらなくて頓挫したまま、数か月も経過してしまいました。」
優先順位をつけられるように、情報を整理してみる
筆 者 「見積書はこれですか。とても丁寧な見積根拠を記載してくださってありますね。工事の見積書って、丁寧な業者さんほど詳しい工事内容の明細を書いてくださいますから、改修項目それぞれの費用をざっと把握するだけでも一苦労ですよね。頭がまとまらないのは、情報が散らかっているせいかもしれません。」
A社長 「そうなんですよね。とりあえず、それぞれの改修項目の見積金額を書き出してみようかな。」
筆 者 「ええ、まずは費用を整理しましょう。ただ、それだけでは優劣がつけられないと思うんです。“重要度”という観点も欲しいですね。こんなふうに一覧表にしてみましょう。」
A社長 「全部重要だと思っていたけれど、重要度は同じではないですね。“今ある致命的なマイナス要因を解消するための改修”もあれば、“今は致命的なマイナスではないがより良くするための改修”もある。お客様の満足度にどれくらい影響することなのか、という観点ですね。この観点で3段階くらいに評価して優劣をつける材料にするわけですね。」
筆 者 「そうです。費用のほうは、見積書から数字を拾って一覧にすれば完成です。重要度のほうは、A社長のお考えで、それぞれの重要度を評価してみましょう。」
付箋を使って各項目の位置づけを把握してみる
筆 者 「一覧表が完成しましたね。今、私のほうで、この白い紙に、縦軸「費用」×横軸「重要度」のマトリクスを描きました。完成した一覧表を踏まえて、それぞれの改修項目の相対的な位置づけを、このマトリクスにマッピングしてみましょう。」
A社長は、筆者が描いたマトリクス上に、改修項目を書いた付箋を貼っていきました。
筆 者 「全ての改修項目を貼り終えましたね。こうやって見ると、それぞれの改修項目が全体の中で相対的にどういう位置づけなのか、見えてきました。例えば右上にマッピングされた“シャッター”は、全体の中では“高額だが重要な改修”という位置づけ、といったところですね。一方、左下にマッピングされた“照明”は、全体の中では“重要性は低いが安くできる改修”という位置づけですね。」
A社長 「なるほど。見積書の束をめくっていても全く頭がまとまらなかったけれど、こういうふうにすると考えやすくなりますね。」
「費用」×「重要度」の掛け合わせで優先順位を検討
A社長は、付箋を貼った紙を眺めながら少し考えて、赤ペンで、右側と下側のエリアを囲みました。
A社長 「重要度が高い右側エリアにある“シャッター”と“床”は、金額が高くても取り組みたいですね・・・。シャッターが上がらないとまるで休業しているみたいだし、床が剥がれているとお客様の食欲も減退してしまいそうですから、さすがに後回しにはできない。あと、費用が比較的小さい“照明”や“天井”や“壁”はハードルが低いですから、重要度が低くてもこの際一緒にやってしまいたいです。・・・そうすると、この中で比較的優先度が低いのは、“トイレ”、次いで“看板”、ということになるな。」
筆 者 「そうですね。トイレと看板もぜひ取り組みたい改修だと思いますが、予算オーバーであれば今回は他のことを優先して、トイレと看板は次の機会に回すのが良いですね。こんなふうに検討すれば、予算と照らし合わせて改修項目を絞れそうじゃないですか?改修項目を決めたら、補助金の申請書づくりに着手できますね。」
A社長 「ええ、今まで決められなくて停滞していたのが、動き出しそうです。」
物事の優先順位を考えるときは「難易度」×「重要度」の掛け合わせが基本
今回は設備投資(店舗の改修項目)の優先順位付けの事例でしたが、経営者は、設備投資以外にもいろいろな場面で「何から手をつけようか」と悩むものです。限られた予算とマンパワーで経営するには、取捨選択がつきものだからです。取捨選択するにあたって優先順位を考えるときは、「難易度」×「重要度」の掛け合わせで検討するのが基本です。例えば、
「お店のどこを改修しようか?」を考えるときは・・・
「難易度(費用)」×「重要度(お客様の満足度への影響度合い)」
「どの業務からDX化しようか?」を考えるときは・・・
「難易度(費用)」×「重要度(業務量が軽減される度合い)」
「どの新商品アイデアから実行に移そうか?」を考えるときは・・・
「難易度(開発コストや労力)」×「重要度(期待される業績)」
・・・等といった具合です。
この「難易度」×「重要度」の二軸のマトリクスを描いた白い紙の上に付箋などでマッピングしてみると、今回のA社長のように優先順位づけに取り組めることでしょう。皆様の経営上の課題にも、きっと応用していただけると思います。
ABOUT執筆者紹介
経営コンサルタント 古市今日子
株式会社 理 代表取締役
経済産業大臣登録 中小企業診断士
外資コンサルティングファームなどで16年間経営支援の経験を積
事業再生に携わるほか、自治体の経営相談員や創業支援施設の経営
中小事業者・起業希望者の経営相談への対応件数は年間約200件