新型コロナウイルス感染症の現状と対策-ワクチン開発とデルタ株の出現、そして急速な収束-
社会保険ワンポイントコラム
これまでの流れ~ワクチン開発とデルタ株の出現、そして急速な収束
2020年に世界中で大流行した新型コロナウイルス感染症の研究はまれにみる速さで進みました。特にファイザー社やモデルナ社のワクチンの予防効果は90~95%と極めて高く、まさにゲームチェンジャーでした。ワクチンが広く行き渡れば新型コロナウイルスは脅威ではなくなる、と明るい展望が語られるようになり、実際ワクチン接種を早期に実施した国は流行の封じ込めにほぼ成功していました。そこで日本でも国を挙げてハイスピードでワクチン接種を開始しました。
このムードをがらりと変えたのが2021年春にインドで発生したデルタ株です。デルタ株の感染力は極めて高いうえ重症化するリスクも高く、従来株ではほとんどなかった20歳代、30歳代の死亡ケースすらあります。これが8月に関東や沖縄などで大流行しました。
さらに追い打ちをかけるように、ワクチンにより一度はコロナを封じ込めたイギリスやイスラエルなどで再度巨大な流行が起こりました。これに対してイスラエルでは追加ワクチン(ブースターワクチン)を打ち始め、非常に効果が高いということがわかってきました。日本にも導入されると思われます。
ところで日本でのデルタ株大流行は9月に入ってなぜか急速に下火となっています。ほとんどの人が罹患して免疫を持つというレベルの流行ではないですし、ワクチン接種率もまだ道半ばです。不思議な現象と言えます。
新しい知見もあるが基本的対策方法は変わらない
これまで、会話時に相手のつば(飛沫)が口や鼻に付着する飛沫感染と、ウイルスが付着した手で自分の鼻や口を触ることによる接触感染が主な感染ルートであろうと考えられ、それに対する対策が講じられてきました。マスク着用や2メートルの距離を保つというのは飛沫感染対策です。消毒液・石鹸による手洗いなどは接触感染対策です。
この常識もだんだん変わってきています。消毒や手洗いが大切なのは今も変わりませんが、感染ルートとして接触感染はそこまで大きくないという見方が有力になってきました。
かわって重要性が高いと考えられているのがマイクロ飛沫感染(エアロゾル感染)です。従来の飛沫よりももっと細かい飛沫が空気中に長距離、長時間漂うことで他人に感染させるものです。デパートの食品売場などで大量の感染者が発生したのはこのマイクロ飛沫感染による可能性があると考えられています。これへの予防対策として重要なのが換気です。換気を積極的に行うことによって空気中のウイルス濃度を薄め、感染を防ぐことができます。このため、今まで以上に常に十分な換気を行うことの重要性が強調されるようになりました。
またワクチン接種も引き続き重要です。少なくとも数か月の間は感染リスクを大幅に下げますし、さらにその期間が過ぎても重症化リスクを下げるからです。
ウィズ・コロナ時代の到来~歴史から学べること
努力を重ねればコロナはゼロになるのでしょうか。
2020年ニュージーランドではロックダウンによりゼロコロナを達成しました。しかし2021年8月17日デルタ株感染者が一人発生、その日から再ロックダウンを始めました。同国のロックダウンは大変厳しく、病院・インフラ関係者など以外は強制的に在宅ワーク、飲食店閉鎖、葬式であっても集会禁止です。しかし新規感染者が発生し続けており、この原稿を書いている現在ロックダウン5週目に入っています。
新たな株が今後も出現することは間違いないこともあわせると、ゼロコロナを達成するのは非常に困難です。むしろ流行抑制と経済活動の両立、いわゆるウィズ・コロナ時代をどう生きるかというのが今後のテーマとなってくるでしょう。
明るい材料はいっぱいあります。例えば、ワクチンの種類もさらに増えましたし、治療薬の開発も進んでいます。
しかし逆に暗い話題もあります。何より医療関係者の疲弊です。ある病院ではコロナ病床の残ゼロの時期に1日100回以上患者の受け入れ要請があり断らざるを得ませんでした。また入院が遅れたために患者が次々亡くなりました。医療関係者は患者を救うのを使命と感じているため、このような体験の積み重ねは心に深いダメージを与えます。今後彼らのうち少なからぬ人が「燃え尽き症候群」となり現場を離れ、医療の戦力低下を招くことが予想されます。
人類の歴史は感染症を克服してきた歴史でもあります。天然痘はアステカやインカ文明を滅ぼしましたが、現代では完全に撲滅されました。高い幼児死亡率で「命定め」と呼ばれた麻疹(はしか)も、ワクチンの開発により今の日本ではなる人がほとんどいません。戦前日本の死亡原因第一位で多くの若い命を奪った結核も、年間死亡者数2000人にまで激減しています。死の病として恐れられたAIDSですら、治療薬の開発により今では天寿を全うできる感染症になりました。
いつか必ず新型コロナウイルスもこれらの仲間入りをします。その日が来るまでの間をどう凌ぐかが、我々の知恵の絞りどころであろうと思います。
*この文章は9月半ばまでの情報を元に書いています。
ABOUT執筆者紹介
神田橋 宏治
総合内科医/血液腫瘍内科医/日本医師会認定産業医/労働衛生コンサルタント/合同会社DB-SeeD代表
東京大学医学部医学科卒。東京大学血液内科助教等を経て合同会社DB-SeeD代表。
がんを専門としつつ内科医として訪問診療まで幅広く活動しており、また産業医として幅広く活躍中。
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