経営相談の現場から[シリーズ第4回]わが社の決算書はどんな評価?
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筆者は経営コンサルタントとして、日々経営者の方々のお悩みを伺っています。このシリーズは「経営相談の現場から」というテーマで、中小企業経営者や個人事業主の方から実際にあったご相談内容を取り上げます。今回は創業5期の節目を迎えたD社長からの、経営の指針に関するご相談を取り上げます。
事業が軌道に乗ってくると“周囲の評価”が気になるように
システム開発会社を経営するD社長は、創業以来5期分の決算書を持って経営相談にお越しになりました。資本金800万円の株式会社を社長1人で創業、徐々にスタッフを増やして今では5名のエンジニアが在籍。年商は第1期の1000万円から徐々に成長して第5期には6000万円を突破。利益は大きくありませんが毎年なんとか黒字を維持しています。地元の信用金庫からの借入を上手に活用して運転資金を賄っています。
筆 者 「順調に事業が拡大していますね。それに、損益の面でも資金繰りの面も堅実な決算書です。D社長の堅実なお人柄が反映されたような決算書ですね。」
D社長 「はい。最初はなかなか仕事を獲得できませんでしたが、少しずつ実績を積んで軌道に乗ってきたと思います。でも、利益があまり出ていないんですよね。」
筆 者 「確かに利益は小さいですね。しかし一度も赤字を出していないのですから、事業を運営する上で大きな支障はないように思いますが。」
D社長 「確かに支障はないのですが、周囲からの評価が気になり始めて。この決算書は利益が小さいのであまり評価されないのではないでしょうか。決算書は、売上と利益のどちらが重要なのでしょうか。わが社の決算書を客観的に見て、どう思いますか?」
誰の評価を気にするかによる
筆 者 「この業績を良いと見る関係者もいますし、物足りないと見る関係者もいるでしょう。誰の評価を気にするかによると思います。D社長は誰の目が気になりますか?例えば取引先や金融機関、出資者、社員、などいろいろな関係者がありますね。」
D社長 「そうですね、一番気になるのは取引先(営業先)からの見た目です。大企業のシステム開発案件のプレゼンコンペに呼んでもらったら張り切って参加しますが、そういう時は決算書も提出します。提出した決算書がどう評価されているのかとても気になります。」
筆 者 「取引先(営業先)の評価は案件獲得に直結しますから、確かに重要ですよね。」
取引先(営業先)から評価されたい場合
D社長 「取引先は、わが社の利益が小さいことをどのように見るでしょうか。」
筆 者 「赤字でないことが前提ですが、発注先に大きな利益を求める企業はあまりないと思います。利益よりも売上を大きくする方が重要でしょう。企業は取引相手の事業規模が自社と釣り合っているかをチェックすることがありますから。同じ理由で資本金も見られますが、資本金はそう簡単に変えられませんよね。取引先から評価されたい、大企業と取引したい、という場合は、売上規模を大きくすることが第一の目標になるのではないでしょうか。」
D社長 「なるほど。では利益よりも売上拡大を重視してきたわが社は、間違っていなかったのでしょうか。」
筆 者 「ええ、そう思います。事業規模に加えて、発注先の“安定供給力”も重視されると思います。“この会社に発注した場合、製品・サービスを安定して供給し続けてくれるか?”という視点です。契約期間中に製品・サービスの供給がストップすることは、発注者側にとって大きなリスクですから。」
D社長 「安定供給力は、決算書のどこで分かるのでしょうか。」
筆 者 「安定供給力というのは未来の話ですから、実際のところ決算書を見ても確かなことは分かりません。ただ、推測材料として、過去何期かにわたる業績推移を見ることはあると思います。売上が減少を続けていたり赤字が広がり続けていたりすると、その会社がその事業を長く続けられるのか心配になりますよね。」
D社長 「確かに決算書は直近の分だけでなく過去3期分くらい求められることが多いです。成長している、あるいはしっかり維持している推移を見せて、どっしりした安定感を感じてもらう。取引先から評価してもらうにはこういうことも重要なのですね。」
金融機関から評価されたい場合
D社長 「金融機関からの評価も気になります。私ひとりで小さな案件だけをこなしているときは無借金でしたが、社員を雇ってからは融資を受けて運転資金を回していますので。」
筆 者 「そうですね。直近の決算書によると借入金の残高が2000万円ありますね。融資を獲得したおかげで実現できたこともあったのではないですか?」
D社長 「それはもう、多々ありました。創業2期目に大型案件の受注が決まった時、売上が入金されるまでの間の人件費をまかなうために融資を受けました。あの融資が事業拡大のきっかけでした。金融機関とのおつきあいの重要性は身に染みています。」
筆 者 「それは良いおつきあいが出来ていますね。金融機関が重視するのは、究極的には“返済能力”です。返済能力を端的にあらわすのは利益です。金融機関の目を意識する場合は、当然ながら利益は大きい方が良いですね。」
D社長 「わが社は赤字ではないにしても純利益率は1%を切っています。金融機関目線で考えると、これは小さすぎるでしょうか。」
筆 者 「そうですね、今のままでも問題はありませんが、あまりに利益が小さいとちょっとした想定外の出来事で赤字に転落するかもしれません。そういう意味ではできればもう少し利益を大きくしておけるとベターですね。」
D社長 「売上規模は、金融機関目線ではあまり評価されないでしょうか。」
筆 者 「売上は、もし減少すると仕入れなどの運転資金の金額も小さくなり、ひいては融資金額がそれまでより小さくなる可能性があります。その意味では売上規模も金融機関とのおつきあいに影響しますが、評価の指標としては利益のほうが重要でしょう。」
「誰の評価を得たいか」で業績目標を考える
今回は、事業を堅実に拡大してきたD社長からの「わが社の決算書はどう評価されるか」というご相談でした。事業が軌道に乗って創業直後のサバイバル期を乗り越え、周囲からの見た目を考える余裕が出てきた経営者ならではのご相談テーマです。
冒頭のD社長の問い「売上と利益のどちらが重要か」に対しては、誤解を恐れずにシンプルに言えばこのように言えます。
- 取引先からの評価を得るには、売上規模が重要
- 金融機関からの評価を得るには、利益規模が重要
売上と利益、両方を伸ばしていければ全方位から良い評価を得られますが、どちらかを妥協しなければならないとしたら、会社の方針に照らしてどちらを優先するのか判断すると良いですね。
ABOUT執筆者紹介
経営コンサルタント 古市今日子
株式会社 理 代表取締役
経済産業大臣登録 中小企業診断士
外資コンサルティングファームなどで16年間経営支援の経験を積
事業再生に携わるほか、自治体の経営相談員や創業支援施設の経営
中小事業者・起業希望者の経営相談への対応件数は年間約200件