残業時間が長いといわれるキーエンスの社員が生き生き働くのは?
社会保険ワンポイントコラム
キーエンスという会社をご存じでしょうか?現社名に変更されたのが1986年、その前身のリード電機が設立されたのは1974年ですから、来年50周年を迎える大手メーカーです。残念ながら、筆者が就職する頃は生まれ立てで社名を目にすることはありませんでした。
どんな会社かと言えば、センサー 技術を生かし工場を自動化するFA(ファクトリーオートメーション)が主な領域で、自動車や電子機器、機械、食品など、様々な分野の企業に商品を供給しています。いわゆるBtoBの会社で、なおかつ工場を持たない「ファブレス」企業でもあります。
現在9つの事業部があり、ここ10年間で売上高が4倍に伸びているそうです。また、海外売上高比率は約60%となっています。社員数も、最近10年間で2.5倍以上に増えて、グループ社員数は9,000人、単体社員数は2,600人となっています。一番すごいのは、ファブレスとはいえ、メーカーでありながら、売上高営業利益率が驚異の55%。業界平均5%の10倍以上なのです。そして、肝心の社員平均年収は何と2,000万円越えです。ちなみにトヨタ自動車は850万円です。天下のトヨタが霞んでしまいます。
概略このような会社なのですが、労働環境はと言えば月間残業時間が57時間、年次有給休暇取得率も30%、と最近の企業にしてはハードワークぶりが顕著です。エコノミックアニマルと揶揄された高度成長期のビジネスマンを思い出します。では、自社に対する社員の評価はどうでしょう。下図は、転職・就職のための情報プラットフォーム「Open Work」による「社員による会社評価スコア」です。
(出典:Open Workの公表データから筆者作成)
ここでの評価項目は「待遇面の満足度」「社員の士気」「風通しの良さ」「社員の相互尊重」「20代成長環境」「人材の長期育成」「法令順守意識」「人事評価の適正感」の8つとなっています。キーエンスは、そのほとんどの指標で業界平均を大幅に上回っているようです。特に高いのが「待遇面の満足度」4.8、「20代成長環境」4.5、「社員の士気」4.3、「人事評価の適正感」4.1、あたりでしょうか。
労働時間が長く、有給休暇も多くは取れないのに社員の満足度が高い。どこに鍵があるのでしょうか。Open Workに掲載されている社員のクチコミをつぶさに読めば、公平性・仕組化・自己成長性・ミッションといったキーワードが浮かんできます。例えば、人事評価では結果主義ではなく、結果へのプロセスが重視されているようです。営業部門であれば、顧客訪問回数やデモの回数の実績などまで評価するわけです。これらを含めたKPIを設定して行動を可視化し、それをアクション重視の人事評価に生かしているようです。人が育たないわけがありません。
また、キーエンスの商品開発は企画立案部門が主導しています。その意味は、最初から最後まで企画立案部門が責任を持つ、ということです。しかも、そこで貫かれているのは「顧客に提供できる価値」かどうかという判断基準です。すべての商品がヒット作なわけです。社員のモチベーション爆上がりですよね。多くのメーカーでは、開発部門主導での商品づくりが普通です。筆者も10台を乗り継いだ自動車オーナーですが、未だかつて「どんな車を作って欲しいか」など聞かれたことはありません。
さらに、キーエンスでは賞与の比重が大きく、営業利益の一定割合を全社員に業績賞与として還元しています。その支給回数は年4回だそうです。こんなことされれば、全社員が「経営者」意識に嵌ってしまいます。実質的な経営参画です。星野リゾートの星野佳路氏が自社の「倒産確率」を定期的に公表して、社員の経営への関心を高めているのと似ています。
また、これらとは次元が異なるのですが、入社してくる社員の仕事への成長意欲が高いように感じます。そのような彼らが、キーエンスという成長舞台で思い切り、役を演じているのでしょう。しかも、これは筆者の想像ですが、キーエンスの社員は「学習意欲」が高いのではないかと思います。世は「VUCA」「リカレント教育」「リスキリング」と囃し立てますが、多くのビジネスパーソンは学ぶことを真面目に考えていません。
いろいろなアンケートを見ると、学習しない理由として挙がるのが「時間がないから」です。ところが実態は、残業を月30時間~50時間している人が一番学んでおり、残業していない人の方が学んでいません。後者は、焦ってもいないし、課題だとも思っていないのです。キーエンスは、仕組によって社員のモチベーションを高めたり、経営参画意識を高めています。その延長線上に、月間残業時間57時間、年次有給休暇取得率30%があるのだと思います。個々の社員の意識の鼓動を覗けば、ビジネスのあらゆる領域のスキルを上げるため学習しなければと考えているのではないでしょうか。そして、それが好循環を生んでいるのだと思います。
ここまで、キーエンスの経営を見てきましたが、いかがでしたでしょうか。中小企業だから無理、ではなく、中小企業であるからこそ個々の社員任せでなく、会社主導で「経営」を仕組化したり、学習をプログラミングする必要があります。変化が激しく、生成AIの勢いはとどまるところを知りません。ここは、一度立ち止まって、まっさらなキャンバスに未来の経営を描いてみてはいかがでしょうか。
「最強企業のメカニズム キーエンス解剖」西岡 杏(日経BP社)
ABOUT執筆者紹介
大曲義典
株式会社WiseBrainsConsultant&アソシエイツ 代表取締役
大曲義典 社会保険労務士事務所 所長
関西学院大学卒業後に長崎県庁入庁。文化振興室長を最後に49歳で退職し、起業。人事労務コンサルタントとして、経営のわかる社労士・FPとして活動。ヒトとソシキの資産化、財務の健全化を志向する登録商標「健康デザイン経営®」をコンサル指針とし、「従業員幸福度の向上=従業員ファースト」による企業経営の定着を目指している。最近では、経営学・心理学を駆使し、経営者・従業員に寄り添ったコンサルを心掛けている。得意分野は、経営戦略の立案、人材育成と組織開発、斬新な規程類の運用整備、メンヘル対策の運用、各種研修など。
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