中小企業に人材の多様性は必要なのか?
社会保険ワンポイントコラム
人材のダイバーシティ(多様性)化という言葉を目にすることが多くなりました。しかも、極めてポジティブな意味合いにおいてです。例えば、「多様性のある組織は強い」「多様性はイノベーションを起こす」といった文脈で使われることが多いですね。もはやそれが常識と言わんばかりの勢いです。筆者の目には、自社の戦略を真剣に考えていない企業に限って、このような風潮に流されているように見えます。これらの企業では「私たちは多様性を重視している企業です」とアピールするようになり、逆に「〇〇社は多様性を軽んじている」という批判まですることもあります。果たしてそうなのでしょうか?
筆者も、企業経営コンサルタントの端くれとして、多くの企業の経営をサポートしてきました。しかし、「多様なバックボーンやスキルを持った人材を揃えることで、企業の競争力が高められた」という現実を目にしたことはありません。「多様性が豊かさや強さをもたらす」という神話は、生態系という大きなシステムにはあてはまるのかもしれませんが、それが企業単位で通用するとは限らないのではないでしょうか。
「選択と集中」が大切な理由
そもそも、多くの企業の経営戦略の基本原則や成長の源泉は何だと思われますか?筆者は、「選択と集中」だと考えています。もし、企業が「多様な人材を抱える」ことにシフトしたら、「戦略や方向性が分散」し、「選択と集中」の実践が頓挫してしまうでしょう。
普段から意識することはないかもわかりませんが、多くの企業は「選択と集中」に注力することで、個性を際立たせています。もし、方向転換して「人材の多様化」を推し進めれば、従前の個性が薄まり、金太郎飴的な企業が乱立することになります。そうなると、その業界全体が同質化するようになりますから、各企業の競争力は相対的に低くなってしまいます。
筆者が居を構えている長崎市は「ちゃんぽん」のメッカで、ちゃんぽん屋さんが軒を連ねています。各々の「ちゃんぽん」にはスープや具材に個性・特色があり、一つとして同じものはありません。もし、多くのちゃんぽん屋さんが多様化に舵を切れば、個性のないどこで食べても同じような味になってしまうでしょう。果たしてそれが業界の隆盛に繋がるかは疑問です。
中小企業に多様性はどう影響する?
もし、人材の多様化を推し進めて、上述のような状況になってしまった場合、競争力を失わないのは「業界トップのリソースを保有している企業」だけとなるでしょう。そのような企業は、「選択と集中」の文脈の中で、特定の分野にリソースを集中しなくとも総合力で他社を圧倒できますから、「多様なスキルセットを持った人材」を背景に、戦略や事業の多角化により色々な領域に手を出しても余裕で対応できます。
逆に、中小零細企業にはそのような余裕はありませんから、大きい企業以上に「選択と集中」に注力しなければなりません。つまり、そのような企業は特定の分野に絞った集中的な投資を行わなければ、上位企業に太刀打ちできないということです。「特定分野に絞った投資」を行うためには、その分野に貢献できるスキルセットを持った人材を集中的に採用しなければなりませんし、その結果として、それ以外の人材を相対的に絞る必要がありますので、必然的に「多様な人材を受け入れる」余裕はなくなるはずです。従って、中小零細企業の最適な行動は他の企業と差別化するための戦略を考え、その戦略を支える人材を集中的に募集・採用するということになります。時流に乗ってしまって、「多様化」を進めたら取り返しのつかない事態を招く恐れが高くなります。大切なことは、自社の経営の方向性と現有リソースを見極め、格好いいからと、多様性の追求に走らず、個性をさらに強化し、他の追随を許さないオンリーワンの経営を目指すべきだと思います。
外野席から後ろ指をさされても良いのです。「あの会社はこういうタイプの人ばっかりだよね」。それで上等です。
事業転換で多様性が必要になったら
どうしても自社の事業を方向転換しなければならない場合はどうしたらよいでしょうか?「選択と集中」を放棄しなければならない場合です。このような場合は、多様な人材を外部から臨時的に調達するとか、日常的に特定の少数社員を外部に武者修行に遣るとかを考えたいですね。いきなりはできませんから、日頃からその「フレームワーク」を戦略として持っておくことが肝心です。具体的には、前者は外部企業が実施している「兼業・副業」という仕組を活用して優秀な人材を調達する、後者は自社とは全く異業種の外部企業に出向させ越境学習により人材の多様化を図る、といった方法があります。
ABOUT執筆者紹介
大曲義典
株式会社WiseBrainsConsultant&アソシエイツ 代表取締役
大曲義典 社会保険労務士事務所 所長
関西学院大学卒業後に長崎県庁入庁。文化振興室長を最後に49歳で退職し、起業。人事労務コンサルタントとして、経営のわかる社労士・FPとして活動。ヒトとソシキの資産化、財務の健全化を志向する登録商標「健康デザイン経営®」をコンサル指針とし、「従業員幸福度の向上=従業員ファースト」による企業経営の定着を目指している。最近では、経営学・心理学を駆使し、経営者・従業員に寄り添ったコンサルを心掛けている。得意分野は、経営戦略の立案、人材育成と組織開発、斬新な規程類の運用整備、メンヘル対策の運用、各種研修など。