経営セーフティ共済-“やらなきゃ良かった”まである節税策
税務ニュース
はじめに
言うまでもない事ですが、デューク・東郷がお金をキレイにしたいと思っている場合を除いて、税金を払いたい人なんていません。これはもう、断言して良いでしょう。しかし、知らん顔すると大変なことになるので、猫も杓子も一生懸命「セツゼイ、セツゼイ」と正々堂々税金を減らせる方法を探しているわけです。
そこへ来て昨今、人類の英知により、情報の流通は、膨大かつ超低価格になりました。お陰様で、巷にはセツゼイ策なるものが、動画なり文章なりで溢れかえっています。かく言う私も、セツゼイ策洪水の片棒の一端の端っこのササクレあたりを担いでいるわけであります。ところが、“税金払いたくない欲求”は、人の目を曇らせ理解力を奪います。
もうこれは人の業なので仕方のない話ですが、「〇〇はセツゼイになる」と聞くと、そのセツゼイ策にまつわる都合の悪い内容はあまり記憶に残りません。発信側が、耳目を集めるために都合の良いところを強調し過ぎる要因も大きいですが、痛い思いをするのは一般納税者ですから重々気をつけて頂きたいのです。
そこで、本稿では、セツゼイ策の代表格である経営セーフティ共済について、劇薬注意、結果“やらなきゃ良かった”まであることを前置き、強調した上で解説して行きます。
経営セーフティ共済とは
この共済は、中小企業が連鎖倒産や経営(資金)難に陥ることを防ぐために、取引先事業者が倒産した際に、積立てた掛金の10倍までの融資を、無利子・無担保・無保証でスピーディーに行なう制度です。
とはいえ、融資額に応じて積立てた掛金が消滅するので、厳密には無利子とは言えないですし、60万件を超える加入者数に対して当該融資は百数十件となっています。したがって、本制度は節税策として利用されていることが多いのが実情です。
経営セーフティ共済の特徴
一般にこの制度の特徴は、“所得(課税)の繰り延べ”といわれています。まずは、長所と短所をまとめてみます。
長所
- 月額5千円から20万円までの範囲で総額800万円まで積立てられる。
- 積立額は全額、必要経費または損金に算入可能。
- いつでも解約でき、40ヶ月以上積立てれば全額返金される。
- 解約後、再加入可能。
- 1年分の掛金を前納することも可能で、前納割引もある。
- 元本保証に相当する。
- 共済金の借入れ以外に一時貸付制度もある。
短所
- 積立期間40ヶ月未満での解約は返金額が目減りする。
- 何年積立てても利息は付かない。
- 解約による返金額は課税対象になる。
- 必要書類を添付しないと経費計上できない。
- 所得税法上、事業所得以外では経費計上できない(不動産所得NG)。
所得の繰り延べとは
表1
単位:万円
1年目 | 2年目 | 3年目 | 4年目 | 5年目 | 5年間合計 | |
---|---|---|---|---|---|---|
利益 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 500 |
掛金 | -12 | -12 | -12 | -12 | 0 | -48 |
解約手当金 | 0 | 0 | 0 | 0 | +48 | +48 |
課税所得 | 88 | 88 | 88 | 88 | 148 | 500 |
所得の繰り延べという言葉は、聞き慣れないかも知れないので、イメージを持って頂くため表1をご覧下さい。共済に加入し、毎月1万円ずつ4年間積立てて、5年目に解約したケースの課税所得の変化です。
1年目から4年目までは掛金分の課税所得を圧縮できています。他方、5年目は解約による返金で所得が大きくなっています。5年間をトータルで見ると、プラス・マイナス・ゼロです。このプラス・マイナスの変化について、見方を変えると、1年目から4年目までの課税所得を5年目に先送りしていると言えます。これが“所得の繰り延べ”です。
やらなきゃ良かったセツゼイ策
この“所得の繰り延べ”が、“やらなきゃ良かった”に繋がります。
図2をご覧下さい。我が国では、累進課税制度が採用されています。このため、所得が大きくなると、税率が高くなります。そうしますと、①から⑤の様な事態が考えられます。
② 低税率域でセツゼイする。
③ 解約により掛金がまとまって収入になる。
④ 課税所得が高税率域へシフトする。
⑤ 高税率域で課税される。
この場合、セツゼイよりも課税の方が大きくなり、結果的に税負担が増加することになりかねません。また、解約しなければ損はしないのですが、高税率域での課税を避けられるタイミングがいつまでも来ない場合、掛金が長期にわたり塩漬けになってしまいます。
経営セーフティ共済には出口戦略が必要
では、経営セーフティ共済は節税にならないのかと言うと、そうではありません。解約による収入が大きいのであれば、大規模修繕や役員の退職など例年は発生しない大きな費用や、突発的な経営不振による赤字に併せて解約すれば良いといえます。突発的な事象を事前に見通すことは難しいですが、大規模修繕や退職は必ず発生すると考えることは出来ますし、数年のスパンであれば相当程度コントロール可能になります。
経営セーフティ共済で節税できるのは誰か
ここで、この共済で節税できる条件をまとめておきます。
- 例年、経営成績が安定していて十分な利益が出ている。
→ 高税率域で掛金支出(節税の局面) - 例年、掛金を負担できるだけの資金繰りの余裕がある。
- 将来、解約による収入に見合うだけの費用や損失について見当がついている。
→ 低税率域で解約(課税の局面)
まとめ
節税策というと、税金がお得になる様な印象を持つ方が多いようです。そこで、本稿では、経営セーフティ共済は、税金に対して“お得”というよりも“先送り”であることと、出口戦略を想定してから共済に加入しないと損をしかねないことについて解説しました。
小規模企業共済やiDeCoは、拠出(入口)と給付(出口)の両方に優遇措置があるので、税金は部分的に消滅し、結果間違いなくお得になります。この様なタイプの節税策と比べると、課税の先送りに過ぎない経営セーフティ共済は、見劣りするかも知れません。しかし、経営上の重要事項である資金繰りについて、税負担の軽減を前倒ししてくれる制度だと考えれば、相当に役立つ側面があると言えます。
この共済に限らず、節税策といわれるスキームは数多くあります。それらのうち、本当にご自身にとって有益なスキームを注意深く見つけて、税金への対策をして頂きたいと思います。
ABOUT執筆者紹介
税理士 柳下治人
柳下治人税理士事務所
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1978年埼玉県生まれ
明治学院大学経済学部 卒業
日本大学大学院経済学研究科修士課程 修了
税理士事務所勤務を経て柳下治人税理士事務所を設立
中小企業の経理、税務、経営のサポートやセミナー講師を手がけている。また、外国籍経営者やギグワーカーとも深く関わりを持ち、YouTubeにて「yagishitax税理士チャンネル」を運営し、UberEatsなどの配達員に必要な経理、申告のHowTo動画など税金にまつわる情報を公開している。
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