役員退職金と税務調査
税務ニュース
役員退職金と税務調査
税務調査において、問題になる項目のひとつに役員退職金があります。役員退職金は適正額の範囲内という制限はあるものの、その金額はかなり大きく計算されるため、他の費用にして大きな金額が経費として認められます。このため、役員退職金は法人税の節税で非常に重要になる訳ですが、税務署もその分厳しく内容をチェックします。
役員退職金については、その適正額と、退職の事実があるか、この2点が問題になります。
役員退職金の適正額
経費と認められる役員退職金の適正額は、平均功績倍率法という方法で計算されることが通例です。これは、①退職時の最終の役員報酬月額、②勤続年数、③その役員の役職に応じた平均功績倍率、の3つを乗じた金額を適正額とする方法です。例えば、平均功績倍率が概ね3.0とされる代表取締役が退職した場合、その勤続年数が20年で最終報酬月額が100万なら、6000万(=100万×20年×3.0)と算定されます。
この方法で誤解が大きいのは、役員賞与を支給している場合の取扱いです。例えば、退職する事業年度の役員の月額報酬が5万、賞与が1200万とした場合、一か月あたりの支給額は105万になりますが、上記の最終報酬月額は賞与部分を含めず5万となります。
とりわけ、社会保険料の削減のため、月額報酬を少なくし、役員賞与を巨額にする会社は多くあります。このような会社の役員は、少ない月額報酬を基準に役員退職金を計算する必要がありますので、その点のリスクを押さえておく必要があります。
退職の事実
言うまでもありませんが、役員退職金はその役員が退職しなければ支給することはできません。非上場会社の場合、オーナーである創業者が退職して二代目に事業承継する際、創業者に役員退職金を支給することが通例です。ここで問題になるのが、創業者が二代目に事業の引継ぎなどをする関係で、完全に退職するのではなく、会長職などとして会社に残ることが往々にしてあることです。
税務上の退職とは、「会社から離脱すること」を意味しますが、その例外として、会社に席があっても、名誉職で実権がなくなって報酬が激減(概ね50%超)されたような場合には、実質的に会社から離脱したとして退職金の支給を認めています。もちろん、実質的に退職したと言えるかどうか、厳しく税務調査されることになり、仮に退職していないと判断されれば、支給した金額は「役員退職金」ではなく「役員賞与」とされます。こうなると、会社の経費として認められないだけでなく、多額の所得税も課税されますので注意が必要です。
実質的な退職の判断基準
役員が実質的に退職したと言えるかどうか、具体的には「経営上主要な地位にあるか否か」で判断されます。役員は経営判断を行う存在だからです。この点、税務上は以下のような要素を総合的に見て判断するとされています。
- 役員会等への出席状況
- 銀行との打ち合わせの出席状況
- 取引先との打ち合わせの出席状況
- 人事や重要な設備投資の意思決定の参画状況
この中で、税務署が最も重視するのは上記2です。この理由は、銀行、引いては金融機関が細かく記録を残す組織だからです。
金融機関を重視する理由
大企業は別にして、中小企業であれば役員会も実施していないことも多いですし、意思決定の参画状況といっても、役員は親族だけですから議事録なども残していない場合も多いです。税務署が実質的に退職したとは言えないとして課税するには証拠が必要で、そのための証拠として金融機関が重視されるのです。
実際、金融機関の稟議書に「相続税対策のための、不動産購入のための融資」という記録があったために、億単位の相続税の節税スキームが否認された事件があります。金融機関から証拠を得ることは税務署の王道です。
このため、退職金を支給した役員の方は銀行との打ち合わせには決して出ないようにしましょう。後継者に事業を引き継ぐ関係上、後継者と銀行の橋渡しが必要なケースもあるでしょうが、その場合には退職する前に措置しておくべきです。
ABOUT執筆者紹介
元国税調査官・税理士 松嶋洋
昭和54年福岡県生まれ。平成14年東京大学卒。国民生活金融公庫(現日本政策金融公庫)、東京国税局、日本税制研究所を経て、平成23年9月に独立。現在は税理士の税理士として、全国の税理士の税務調査や税務相談に従事しているほか、税務調査対策・税務訴訟等のコンサルティング並びにセミナー及び執筆も主な業務として活動。
著書に『最新リース税制』(共著)、『国際的二重課税排除の制度と実務』(共著)、『税務署の裏側』、『社長、その領収書は経費で落とせます!』『押せば意外に税務署なんて怖くない』などがあり、現在納税通信において「税務調査の真実と調査官の本音」という500回を超える税務調査に関するコラムを連載中。