インボイス制度導入後のNPO法人の動向は?
税務ニュース
2023年10月1日から適格請求書保存方式(インボイス制度)がスタートし、適格請求書発行事業者の登録を行ったNPO法人も多いと思います。しかし、経理の現場では混乱も少なくなく、スムーズな船出とは言えない状況です。今回はインボイス登録を行なった団体と行わなかった団体の事例をそれぞれ紹介し、現場にどのような影響があり、今後検討が必要であろうと思われる事項について解説します。
インボイス登録を行なった事業者
まず、就労継続支援B型作業所を運営するNPO法人がインボイス登録を実施した事例をご紹介します。このNPO法人では、一般企業からの軽作業などを請け負っており、取引先との間において消費税負担の問題が生じることとなりました。このNPO法人では、取引先との協議などを経てインボイス登録することとなりました。インボイス制度導入前から作業の単価に変動はないためNPO法人の負担が増えますが、想定される税負担を試算し、納税資金を確保できるよう準備しています。
インボイス登録を行わなかった事業者
障害福祉サービスを行うNPO法人でもインボイス登録をしていないケースがあります。この団体は自立訓練を中心に行っており、一般企業からの講演依頼などの仕事も受託していますが、不定期であり金額も少額なため、インボイス登録をしなくても影響はほぼないという判断で登録を見送りました。今のところ講演依頼などの受託事業において単価調整の依頼などもなく、引き続き仕事を受託できています。
また、課税事業者であってもインボイス登録を行わなかった団体もあります。このNPO法人は、2024年3月期は課税事業者です。しかし、2025年3月期では基準期間の課税売上高が1000万円以下であるためインボイス登録をしなければ免税事業者になるという事例です。このNPO法人では、取引先のうち事業者の割合が低いことや、今後も課税事業者と免税事業者を数年ごとに繰り返すことが想定されることからインボイス登録を見送ることとしました。インボイス登録をすると、登録の取り消しを行わなければ免税事業者に戻ることができません。そのため、課税売上高が1000万円前後を推移する場合には、事務負担を考慮してインボイス登録をしないという選択も考えられます。業種によってインボイス登録の必要性は変わりますが、顧客の中心が一般消費者であれば課税事業者の課税期間でもインボイス登録をしないという選択も考えられます。
ただ、インボイス登録を行わなかったNPO法人にも混乱は見られます。顧問先から請求書の発行方法などについて質問を受けることは多くありました。「従来と請求書の様式を変えるべきか」、「消費税を記載して良いのか」などの質問が多く、免税事業者にとっても混乱の大きな制度であると改めて感じています。取引先が仕入税額控除の特例(いわゆる80%控除の特例)を適用する場合には、区分記載請求書と同様の記載事項のある請求書等の保存が要件の一つとなっているため、基本的には従来通りの請求書を発行するという認識で良いでしょう。
将来を見据えた検討を
インボイス制度の導入前後には様々な場面で混乱が見られました。現時点では、免税事業者に対する発注を取り止めたり、一方的な単価切り下げを求めたりする例は少ないです。これは、仕入税額控除における80%控除の特例があり、取引先の税負担がそれほど増えないことが大きな要因であると考えられます。しかし、この特例が2026年10月1日以降は50%に縮小し、2029年9月30日には廃止されることとなっています。免税事業者との取引単価に変化が無ければ段階的に発注者の消費税負担が増えることとなるため、将来的には単価などの条件見直しの交渉が始まることも考えられます。
また、新規の取引の場合ではインボイス未登録という理由で失注する可能性もあります。対事業者の取引がある場合には、現時点で影響が少ないからといって今後もインボイス未登録のままで問題がないとは言い切れません。将来的なビジネス環境の変化や法令の改正に対応できるよう、インボイス未登録のNPO法人であっても情報収集や取引先との調整は必要です。
まとめ
今回はインボイス制度開始に伴うNPO法人の対応や今後の検討事項などについて解説しました。インボイス登録の必要性は取引先が個人なのか事業者なのかで異なりますが、経理の現場では混乱が多く、事務負担は確実に増えています。今後も80%特例の縮小などによりインボイス登録の必要性が高まるNPO法人も出ることでしょう。この記事で紹介した事例などを参考に、今後のインボイス登録の必要性について検討して頂ければと思います。
ABOUT執筆者紹介
税理士
1級ファイナンシャルプランニング技能士
金子尚弘
名古屋市内の会計事務所勤務を経て2018年に独立開業。NPOなどの非営利組織やソーシャルビジネスを行う事業者へも積極的に関与している。また、クラウドツールを活用した業務効率化のコンサルティングも行っている。節税よりもキャッシュの安定化を重視し、過度な節税提案ではなく、資金繰りを安定させる目線でのアドバイスに力を入れている。ブログやSNSでの情報発信のほか、中日新聞、日経WOMAN、テレビ朝日(AbemaPrime)などで取材、コメント提供の実績がある。