起業後、何社が生き残る?息の長いビジネスに必要なこと[シリーズ第2回]チャレンジングな熱い起業こそ、冷静かつ慎重に準備しよう
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このシリーズでは「息の長いビジネスに必要なこと」というテーマで、起業の実態と、そこから見える成功要因をお示ししています。前回(第1回)のコラムでは、「未経験分野での起業や、世の中にない新しいビジネスをつくる起業は、勤務経験がある分野での起業に比べると生存率が低い」というデータを紹介しました。
一方で、だからといって「新しいビジネスへの挑戦は難しいから控えるべき」ということにはなりません。今回のコラムでは、そういった熱い起業にチャレンジする方に向けて、生存率を高めるために起業準備段階で心がけるべきことを取り上げます。
起業準備段階で冷静に石橋を叩けるかどうか
筆者はこれまで、行政機関の起業相談員として200件を超える起業相談に対応してきました。起業相談の中でも、ご自身に経験がない分野に果敢に挑戦しようとしたり、世の中にない新しいビジネスをつくろうとしたりする方は、総じて前向きでエネルギーに溢れる方です。ご自身が見聞きしたり経験したりした世の中の困りごとを解決したい、世の中の役に立ちたい、そんな真摯な気持ちをお持ちの方ばかりです。
そしてその気持ちが真摯であればあるほど、周囲の心配の声はなかなか耳に入りにくく、起業のアイデアを今すぐにでも実行してみたいという熱い気持ちに駆られるものです。そんなときに一歩立ち止まって冷静に石橋を叩き、ご自分のアイデアを客観的に見つめて、慎重に準備を進められる方は、そう多くありません。しかし、そのようなチャレンジングで熱い起業の生存率は、そういうことで変わります。
元保育士Aさんの事例 “親子カフェ”で起業したい!
実際にあった事例です。保育士として働くAさんは、ご自身の子育てでつらい経験をしました。幼い子ども連れでは、周囲への迷惑や子どもの安全を考えると気を抜ける居場所がどこにもなく、自宅に閉じこもって誰とも交流できない日々を何年も過ごした経験です。この経験を通して「子育て中の母親向けの“親子カフェ”で起業したい」と考えました。幼い子ども連れでも気兼ねなく食事をしたり、子どもを安全に遊ばせたりできる場所をつくる、というプランです。
Aさんは「自分なら保育士としての勤務経験を活かして、親子カフェのお客様に育児アドバイスもできる」と考えました。遊び場の設計にも保育士としての知見を活かすことができます。Aさんに飲食業の経験はありませんでしたが、その不安よりも「自分の経験を活かして社会の役に立てる」ことの嬉しさが上回り、ユニークなカフェを作る夢を膨らませていました。
理想の物件との出会いを機に、温めていたアイデアを実行に移したAさん
そんな時、自宅近くの住宅街にあったカフェが移転して空き店舗となり、テナント募集チラシが掲示されました。Aさんがひとりで運営するのにちょうどよいコンパクトな店舗。人通りの多い場所ではありませんがその分家賃は抑えめで、接道面ガラス張りの路面店。綺麗な内装をそのまま引き継げる居抜き物件です。
親子カフェにはこれ以上ない理想的な物件だと考えたAさんは、はやる気持ちで物件を契約しました。起業のための貯金200万円に日本政策金融公庫からの借入300万円を足して起業資金としました。カフェメニューを企画して食材の仕入れ先を確保し、子どもの遊び場をDIYで整え、保健所の営業許可を取り、夢に描いていた親子カフェをついにオープンしたのです。
現実は厳しく、3年目に廃業
オープンしてからしばらくの間、知り合いを中心に何組かの親子が来店してくれました。しかしそこから客足はいつまでも伸びませんでした。お客様がゼロの日もあります。SNSでの情報発信や折り込みチラシなどさまざまな手段で集客に取り組みましたが、効果はありませんでした。
客足が伸びない理由は主に2つ考えられました。まず、Aさんの親子カフェのメニューが、近隣のファミリーレストランやファーストフード店のおいしくて安いメニューに大きく見劣りしたことです。もうひとつの理由は、自治体が運営する児童館や子育て広場などの施設に見劣りしたことです。Aさんの親子カフェの強みは「親子の居場所」「子どもの遊び場」「育児アドバイスの場」としての側面があることでしたが、それらは自治体の子育て支援施設と比べられてしまいます。広さ、遊び道具の豊富さ、スタッフの人数、どれをとってもかないません。しかも自治体の施設は無料です。Aさんは、自分のお店を持って初めて、ファミリーレストランやファーストフード店のコストパフォーマンスの高さ、自治体の子育て支援施設の立派さを痛感しました。
お客様が来なくても、家賃や水道光熱費、食材の仕入れ費用は出ていきます。借入金の返済もあります。赤字の日々が続いて、オープン3年目を迎えたころには運転資金を工面することが難しくなり、Aさんは残念ながらお店をクローズすることになりました。
どうすれば閉店を回避できたのか
Aさんの事例では、起業準備段階で冷静に慎重に具体的なシミュレーションを重ねていれば、もっとよい経過を辿った可能性があります。
例えば、採算がとれる客数を計算し、その客数の現実味を冷静に見極めること。周辺の子育て世帯の数を調べるのもよいですが、近隣の方や周囲の方に「こういうお店があったらどう思うか?行きたいか?」と実際に聞いて回れたらもっと良いですね。なかなか実際にこれをやる方はいないのですが、ユニークで新しいビジネスなら、準備段階でぜひやっておきたいことです。
また、周囲の競合店・競合施設を訪れて、自分が作ろうとするお店がそれらに勝てるか見極める冷静さが必要です。夢に向かって熱くなっている自分の目だけで判断せず、冷静な目を持った他の人にも意見を求めましょう。
起業の準備段階で以上のような検証を重ねることで、大きな投資を実行する前に、メニューや価格帯、営業時間、出店場所などを軌道修正することができます。「やってみなければわからない」「とりあえずやってみよう」でスタートしてしまうと、資金が限られている場合はなかなか軌道修正できません。
本格スタートの前に小さく試行するのもよいでしょう。Aさんのような店舗型のビジネスであれば、実際に多額のお金を投じてお店を構える前に、レンタルスペースを活用するなどの方法で小さな投資と固定費で開業して、反応を見ながらお店を構えるステップに移行するやり方が考えられます。
未経験分野での起業や、世の中にない新しいビジネスをつくるような起業は、技術やサービスの進化を後押しして社会を刺激します。そのような熱い起業のアイデアを温めている方にはぜひ挑戦してほしいものです。新しいビジネスは誰かの前例を辿ることができないという難しさがありますが、今回お示しした通り、起業準備段階で冷静に慎重に石橋をたたくことで生存率を高められます。
このシリーズは「起業後、何社が生き残る?息の長いビジネスに必要なこと」というテーマで、次回以降も起業の実態や成功要因をお示ししていきます。次回第3回のコラムでは、起業後に心がけるべきことを取り上げます。
[シリーズ第1回]実録!30人の起業5年後を追う
[シリーズ第2回]チャレンジングな熱い起業こそ、冷静かつ慎重に準備しよう
[シリーズ第3回]生き残る経営者に欠かせない能力
[シリーズ第4回]資金繰りを「ざっくり」見通す力
[シリーズ第5回]借入は「毒」か「薬」か
ABOUT執筆者紹介
経営コンサルタント 古市今日子
株式会社 理 代表取締役
経済産業大臣登録 中小企業診断士
外資コンサルティングファームなどで16年間経営支援の経験を積
事業再生に携わるほか、自治体の経営相談員や創業支援施設の経営
中小事業者・起業希望者の経営相談への対応件数は年間約200件
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