26 December

起業後、何社が生き残る?息の長いビジネスに必要なこと[シリーズ第5回]借入は「毒」か「薬」か

掲載日:2023年12月26日   
起業応援・創業ガイド

このシリーズでは「息の長いビジネスに必要なこと」というテーマで、起業の実態と、そこから見える成功要因をお示ししています。前回(第4回)のコラムでは、ビジネスが軌道に乗った後は「資金繰りを見通す力」がビジネスの存続に直結することをお示ししました。今回、最終回のコラムでは、金融機関からの借入についての考え方を取り上げます。

借入については「借入を上手に活用しよう」「借入には慎重になるべきだ」など様々なとらえ方があります。息の長いビジネスを目指すうえで、経営者は金融機関からの借入をどのようにとらえるべきでしょうか。一歩踏み込んだ具体論をお示しします。

無借金経営は素晴らしい。では借入=悪なのか?

「借入をしたことがない」という経営者の方を時々お見受けします。無借金で経営できていることは間違いなく素晴らしいことです。しかし無借金経営の背景に「借入に抵抗がある」という感情がある場合は、少し注意が必要です。個人の借金のイメージから抵抗感を抱く場合もあると思われますが、事業の借入金は、個人の借金とは性質が異なります。個人の借金は単なる「支出の前借り」であることが多いですが、事業の借入金は原則として「元手(利益のもと)」であるからです。

金融機関から一切の借入をせずに、十年、数十年という長期にわたって事業を継続できる会社は、ごくわずかであると思います。長く経営していれば、コロナ禍や原材料高などのような向かい風が吹くこともあります。そのような一時的な向かい風が招く資金不足のときにも、「借入への抵抗感」にとらわれるあまり借入を敬遠して事業を継続できなくなってしまったとしたら、元も子もありません。

また、手元に充分な資金があるか否かは事業の成長スピードを左右します。たとえ借りたお金であっても資金があれば、大きな取引を手掛けるチャンスをつかんで事業を成長させることができるでしょう。当然ながら借入金で浪費してはいけませんが、事業において借入をすること自体は全く悪いことではありません。

理解不足が“漠然とした恐怖”を招くことも

前述の通り、借入すること自体は毒でも悪でもありません。しかし多くの方が想像する通り、会社の状況によっては毒になることもあります。経営者には、「自社にとっての借入の是非」を冷静に見極める力が求められます。

一方で、経営者の方が口にされる「借入に抵抗がある」という感情は、「借入が膨らんだら何が起こるのか分からない」という不安、つまり「理解できないものに対する漠然とした恐怖」によるものが多いように思います。会社経営においては漠然とした感情に左右されることなく、理解した上で合理的に借入の是非を見極めたいところです。

たくさん借りたら、どんな結末が待っている?

自社にとっての借入の是非を合理的に見極めるには、正しい理解が必要です。ここではその理解を促すために「たくさん借りたらどんな結末が待っているのか」つまり「借入を重ねた会社が最後に会社をたたむとき、何が残るか」をお示ししてみましょう。なお、ここでお示しする3つのケースは、不良資産(例えば売却できない在庫や設備など)がないことを前提にしています。

ケース① 積み上げた利益の累計が黒字の場合

会社設立以来、積み上げてきた利益の累計(※1)が黒字の会社は、たくさんお金を借りていたとしても、会社をたたむときにその全てを問題なく返済できるはずです。

このケースでは、借入金やその他の債務をすべて支払っても、会社設立時に出資したお金と、積み上げてきた利益が残ることでしょう。そして出資者の手元には、最初に出資した額より大きなお金が戻ってくることでしょう。

ケース② 積み上げた利益の累計が赤字(軽度)の場合

会社設立以来、積み上げてきた利益の累計(※1)が赤字でも、重度でなければ(具体的には債務超過でなければ)、会社をたたむときに借入金の全額を問題なく返済できるはずです。

このケースでは、借入金やその他の債務をすべて支払っても、会社設立時に出資したお金の一部が残ることでしょう。出資者の手元に戻るお金は、元本割れ、つまり最初に出資した額より目減りしますが、「借金が返せなくて迷惑をかける」等といった心配はありません。

ケース③ 積み上げた利益の累計が赤字(重度)の場合

会社設立以来、積み上げてきた利益の累計(※1)が大きな赤字(具体的には債務超過の状態)の場合、会社をたたむとき、会社の資産をすべてかき集めて換金しても、借入金やその他の債務のすべてを支払うことはできません。当然、出資者の手元にもお金は戻りません。もし、この事態が想定される場合は、借入には慎重にならなければなりません。

会社をたたむと当然ながら会社の返済義務も消滅しますが、もし借入金に経営者保証がついていると(経営者が会社の借入金の連帯保証人になっていると)、会社が消滅しても経営者個人が返済義務を負うことになり、経営者個人のその後の生活に大きな影響を及ぼします。このことが、借入をすることの最大のリスクと言えるでしょう。なお、多くの場合、会社の借入金には経営者保証がついています。

(※1)「会社設立以来、積み上げてきた利益の累計」は、貸借対照表の「繰越利益剰余金」で確認できます。

借りてはいけない会社、積極的に借りたい会社

借入の是非は、会社によって異なります。

借りてはいけない会社は、前述の3つのケースのうち、ケース③の事態が想定される会社です。つまり、債務超過に陥っている、あるいは今後陥る可能性がある会社です。このような会社にはそもそも金融機関がそれ以上の融資をしないことが多いのですが、よほど堅実で勝ち目のあるビジネスの資金でなければ、基本的にはそれ以上借りてはいけません。

一方、ケース①や②の会社、つまり、債務超過に陥っておらず今後も陥る可能性が低い会社は、大きな不良資産がなければ、借入を恐れる必要はありません。息の長いビジネスを目指すなら、金融機関を味方につけて借入を積極的に活用するのがよいでしょう。

自己資金で賄うべきこと

どのような会社も、当然ながら借入金で浪費してはいけません。借入金を身の丈に合わない豪華なオフィスや高級車などに浪費したり、勝ち目のないビジネスの資金を借入で調達したり、といったことが常態化すると、いずれ前述のケース③の事態を招きます。身の丈に合わない投資や勝ち目のないビジネスはそもそもしないほうがよいですが、どうしてもという場合は借入ではなく自己資金の範囲で賄うべきでしょう。

 
このシリーズでは全5回にわたって「息の長いビジネスに必要なこと」を解説しました。

全5回のコラムでお示ししてきた通り、しっかりと準備を積み、経営全般を見渡す広い視界をもち、ビジネスの生命線である資金繰りをしっかり見つめる経営者であれば、長きにわたって会社を続けていけるはずです。多くの方が起業に挑戦して、長く活躍されることを願っています。

ABOUT執筆者紹介

経営コンサルタント 古市今日子

株式会社 理 代表取締役
経済産業大臣登録 中小企業診断士

外資コンサルティングファームなどで16年間経営支援の経験を積み、2016年独立。
事業再生に携わるほか、自治体の経営相談員や創業支援施設の経営指導員などを務める。
中小事業者・起業希望者の経営相談への対応件数は年間約200件

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