ヒヤリ・ハットが報告されない職場の特徴とは?
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ヒヤリ・ハット。つまり、「ヒヤリとした」「ハッとした」経験は、重大な労働災害の一歩手前にある貴重な情報です。これを積み重ね、共有し、改善に活かすことで事故の芽を摘み取ることができます。しかし、多くの職場では「ヒヤリ・ハットが報告されない」という現実があります。
例えば、「現場産業におけるヒヤリハットの実態調査(2025年)」(Tabiki株式会社)によれば、ヒヤリ・ハット時に「然るべき人物へ報告した」と答えた従業員は約85%にとどまり、15%は報告していないことが明らかになっています。7人に1人が沈黙している職場。今回はそのような職場の特徴を検証してみます。
制度やルールが不明瞭
労働安全衛生法は、事業者に労働災害防止の責任を課しています。さらに労働契約法第5条は「使用者は労働者が生命・身体の安全を確保できるよう配慮する義務(安全配慮義務)」を明記しています。ヒヤリ・ハットを集め、事故防止に役立てることは、この義務を具体化する重要な手段です。
しかし、ヒヤリ・ハット報告自体は法律上の義務ではなく、企業に任されています。そのため「形だけの制度」に終わりがちです。従業員にとって、複雑な報告用紙や反応のない制度は「やっても意味がない」と映り、定着しません。安全配慮義務を実効あるものにするには、仕組みを簡素にし、必ず改善やフィードバックにつなげることが欠かせません。
報告すると叱責される雰囲気
心理的安全性が低い職場です。従業員は「こんなことを報告したら怒られるのでは」「能力不足だと思われるのでは」という不安感を抱きます。その不安感が強ければ、沈黙を選んでしまいます。
従業員の目には、報告は「立場を危うくする行為」に見えているかもしれません。逆に上司が「助かった」「ありがとう」と受け止めれば、不安は和らぎます。「自分の報告が役立った」という実感が生まれれば自己効力感が高まり、次の報告へとつながります。
報告しても改善されない
勇気を出して報告しても、改善に結びつかなければ「言っても無駄」という空気が広がります。報告数を集めることが目的になる運用では、従業員は「声が無視された」と感じます。
その結果生まれるのは無力感と自己効力感の喪失です。逆に、改善につながり、感謝や称賛の言葉が返ってくれば「自分の行動で職場が良くなった」という気持ちが芽生えます。
上司が率先しない(ロールモデル不在)
現場の管理職が率先して自らのヒヤリ・ハットを共有すれば、部下は安心して報告できます。例えば「私もこういう場面で危なかった」と打ち明けるだけで、雰囲気は大きく変わります。
一方、上司が沈黙を続け失敗や気づきを共有しないままだと、従業員には「小さなミスも許されない」という無言のメッセージになりえます。その姿勢は不安感を増幅させます。
行き過ぎた成果主義
成果や数字だけが重視される職場では、ヒヤリ・ハットは「些細なこと」と片づけられがちです。従業員にとっては「報告は損」「目立たない方が安全」という心理が働き、声を上げなくなります。
しかし、安全は小さな違和感の中にこそ潜んでいます。会社は従業員に対して、「小さな気づきを拾い上げることが重大事故防止につながる」というメッセージを発信し実践する姿勢を見せる必要があります。
以上、ヒヤリ・ハットが報告されない職場の特徴を挙げました。従業員の目線で考えると、これらの特徴は、職場に対する不安感を高めて自己効力感を奪う要因です。逆に、不安感を払拭し、自己効力感を高める環境があれば、ヒヤリ・ハット報告が自然な職場風土になります。
経営者や担当者に求められるのは、「ヒヤリ・ハットをたくさん上げてほしい」というだけでなく、「今のやり方が従業員からどう見えるか」という視点を持つことです。報告を歓迎し、改善につなげる姿勢を示すことで、安全配慮義務を果たし、働きがいのある職場づくりにつなげていきましょう。
・出典元:現場改善ラボ「現場産業におけるヒヤリハットの実態調査」
https://tebiki.jp/genba/useful/near-miss-accident/
・運営元:Tebiki株式会社(現場改善ラボ)
https://tebiki.jp/
ABOUT執筆者紹介
三谷社会保険労務士事務所 三谷文夫
三谷社会保険労務士事務所
大学卒業後、旅館や書店等で接客や営業の仕事に従事。前職の製造業では、総務担当者として化学工場での労務管理を担う。2013年に社労士事務所開業。労務に留まらない経営者の話し相手になることを重視したコンサルティングと、自身の総務経験を活かしたアドバイスで顧客総務スタッフからの信頼も厚い。就業規則の作成、人事評価制度の構築が得意。商工会議所、自治体、PTA等にて研修や講演多数。大学の非常勤講師としても労働法の講義を担当する。趣味は、喫茶店でコーヒーを飲みながらミステリ小説を読むこと。